『警官の血』(☆3.8)  著者:佐々木譲


まずはあらすじ。

帝銀事件が世を騒がせた昭和23年。希望に満ちた安城清二の警察官人生が始まった。配属は上野警察署。戦災孤児、愚連隊、浮浪者、ヒロポン中毒。不可解な「男娼殺害事件」と「国鉄職員殺害事件」。ある夜、谷中の天王寺駐在所長だった清二は、跨線橋から転落死する。
父の志を胸に、息子民雄も警察官の道を選ぶ。だが、命じられたのは北大過激派への潜入捜査だった。ブント、赤軍派、佐藤首相訪米阻止闘争、そして大菩薩峠事件―。

過激派潜入の任務を果たした民雄は、念願の制服警官となる。勤務は、父と同じ谷中の天王寺駐在所。折にふれ、胸に浮かんでくる父の死の謎。
迷宮入りになった二つの事件。遺されたのは、十冊の手帳と、錆びの浮いたホイッスル。真相を掴みかけた民雄に、銃口が向けられる…。殉職、二階級特進。
そして、三代目警視庁警察官、和也もまた特命を受ける。疑惑の剛腕刑事加賀谷との緊迫した捜査、追込み、取引、裏切り、摘発。半世紀を経て、和也が辿りついた祖父と父の、死の真実とは―。

騒然たる世相と警察官人生の陰影を描く、大河小説の力作。

amazonより

昨年度「このミス」国内部門第1位に輝いた、800ページに渡る大河小説。
「このミス」始まった時からすでに第一線を駆け抜けていた佐々木氏、今もその勢いは衰えじ。

といいつつも、これが初の佐々木作品^^;;
いや、だってどれも長いし、本格探偵小説というよりは、ハードボイルド系や戦争期を舞台にした濃い~~小説のイメージがあったから、ここまで敬遠してきたのですが、粗筋を読んでこれは面白そうだなと思って借りてきました。

警察を舞台にした家族3代に渡る物語。いやあ、予想通り濃い(笑)。
同じ系統でいけば、昨年は『赤朽葉家の伝説』という名作がありましたが・・・
あ、これも昨年の小説なんですね^^;;
あちらがどこかファンタジーめいた雰囲気があったのに対し、こちらは終戦直後の上野方面ドヤ街から始まるわけですから、もうそれだけで濃ゆさが伝わろうというもの。
まさにオトコの為の小説といった感じ(笑)。

所属部署も勤務内容も微妙に違う3人。(厳密にいえば、清二と民雄は一部被りますが)
それぞれが生きた時代背景や史実の事件を虚実織り交ぜながら進む展開は吸引力たっぷり。
基本的にはそれぞれの警察官としての生き方を描いていくわけですが、1本の筋として清二が出遭った2つの未解決殺人事件の謎を追うというのがあって、それを通しながら一方で警察官という生き方はどういうものなのか・・・を描いてる小説といっていいんですかねえ。

まあとにかく、人物描写が確かというか、それぞれの一人称で描いていきながらも彼らを取り巻く家族や同僚、さらには地域の人々の息遣いが如実に伝わってきます。
特に第1部における戦後の不安定な時期を生き抜かなければならない人達と警察官の関係や、第2部における日本赤軍をモデル(?)にした学生達の抑圧された感情、そこに潜入捜査を命じられたことによって心が壊れていく民雄の姿は、警察官として生きることの難しさを改めて感じさせてくれます。
第2部の民雄なんかは、PTSDによる家庭内暴力事件を起こした過去を持ちながらも、やはり家庭内暴力を取り締まらなければならない自己矛盾。
善と悪とはなんなのか、あらためて考えさせられる場面もありました。

ただ、それまでの2部を締めくくる第3部が圧倒的に物足りない。
おもに暴力団担当の捜査4課の上司を、他の警察上層部からの命令により内偵しながら、同時に父や祖父が追った事件の真相が明らかになるわけですが、どちらもどうにも中途半端に終わってしまった印象。
前者に関してはそれまでの父や祖父と比べ、和也の視線や考え方の描き方がやや淡白になったせいか、今ひとつ盛り上がりに欠け、クライマックスに対する感情的な伏線の内側に留まってしまった感じ。彼の恋人の存在もとってつけたようなことになってたしな~。
後者の謎に関しても、かなり予想内の範疇。途中からは作者もあえてあからさまに匂わせる部分があっただけに、よほどのどんでん返しか、もしくは動機の部分でかなりのものを用意しているのでは、と想像していただけにあまりに中途半端な動機に少々唖然としてしまった。

おそらく著者としては、50年に及ぶ謎の意外性という純ミステリ的な部分を描きたかったのではなく、ある犯罪行為に関してそれをすべて犯罪として認識するのか、それともその先にみえるもっと大規模な犯罪を見据えて行動すべきなのか、という警察が抱えるであろう一種のパラドックスを描こうとしたのだろう。
このおそらくは永遠に答えの出ないであろう問題に対する提起は吉田修一氏の『悪人』と似ているのかもしれない。ただ、あちらに較べると肝心の部分での練りこみがあまく、どうもすっきりしないエピローグ部分に首を捻る展開になってしまった。

ただ、十分に面白い作品だと思うし、とにかくよく書かれている。
これは未読の山と化している他の佐々木作品をいつか読まねばなるまいと思う今日この頃。
あ、でもそのまえに積読本を片付けなきゃ^^;;;


採点  3.8