『悪人』(☆5.0)   著者:吉田修一


まずはあらすじ。

保険外交員の女が殺害された。
捜査線上に浮かぶ男。彼と出会ったもう一人の女。
加害者と被害者、それぞれの家族達。
群像劇は、逃亡劇から純愛劇へ。
なぜ事件は起きたのか?なぜ、二人は逃げ続けるのか?
そして、悪人とはいったい誰なのか。
(表紙裏より引用)

なぜ、もっと早くに出会わなかったのだろう――
携帯サイトで知り合った女性を殺害した一人の男。再び彼は別の女性と共に逃避行に及ぶ。二人は互いの姿に何を見たのか?
残された家族や友人たちの思い、そして、揺れ動く二人の純愛劇。
一つの事件の背景にある、様々な関係者たちの感情を静謐な筆致で描いた渾身の傑作長編。 

amazonより

本年度の『このミス』で、ベスト20位にランクイン。今年から始まった「このミステリーが読みたい」ではベスト10入りしている本書。
著者は、2002年に『パレード』で山本周五郎賞、同年『パーク・ライフ』で4度目のノミネートにして芥川賞を受賞した気鋭。
本書は、2007年1月まで朝日新聞に連載された作品の単行本化であり、大佛次郎賞を受賞している。

まあ、ようするにミステリ畑の人ではなく、純文学あるいは大衆小説よりの作家さんということなんでしょう。
なにしろ、この人の本を読むのはこれがはじめてなので、その辺の知識はまったくのないもんで^^;;
あってますかね~、そんな感じのジャンル分けで。(りあむさんなら詳しいはず・・・)。

本の世界に引き込まれたという意味では今年随一だったかもしれない。
とにかく最初から最後まで、一気読みだった。
新聞小説ということもあり、毎回読みどころを作らないといけないという部分があったのかもしれないけれども、この吸引力はすごい。
構成としては、事件の被害者、加害者、それを取り巻く多くの人々が、それぞれの視点で物語を語る構成。
内容的にはミステリというには、謎解きという要素はあまり無いために、そういったロジックを愛す人にはやや物足りないかもしれない。
本格ミステリというよりは、むしろ犯罪小説といったほうが近いのかもしれない。このへんが「本格ミステリベスト10」でランク外な理由なのだろう。
インタビュー形式や、独白的な要素もあり、もしかしたら宮部みゆきの『理由』が少し近いのかなとも思うけれども。おっとあちらも同じ朝日新聞社から発売でしたね。

以下、若干ネタバレ気味。(読書への影響は少ないと思いますが、お気をつけを)

まあ、事件の構造そのものは単純だし、直接的な加害者が誰であるかは、相当早い段階で分かってしまう。
むしろ物語の主眼は事件の構造そのものよりも、なぜ事件は起こってしまったのかにあるのだろうと思う。
錯綜する人間関係が描き出す、多角的な心理交錯。
死のうと思って死んだ人間はおらず、そして殺そうと思って殺す人間もいない。
たった幾度かの縺れが引き起こした悲劇の、どこかありふれて、それでいて圧倒的なリアリティが読み手を襲う。
どうして殺さなければならなかったのか・・・その真相はあまりに虚しい。
後半、物語は犯人の逃避行になるのだが、どうにも涙が溢れてしまった。

どうして私は泣いたのだろう。
確かに自己犠牲的な純愛の美しさもある。娘を失った家族の喪失感とその再生もある。
そして加害者側の家族の心の揺れ動きもある。
しかし、そのどれよりも、あまりのやるせなさが涙の理由のような気がする。
一体どうしてこんなことになっちゃったんだろう、どうしたらこの悲劇が避けれたのだろう。
クライマックスで犯人が「もう少し早く会ってれば・・・」と慟哭する。
本当にそう思ってしまう。それほどに、この小説でおこる悲劇のどうしようもなさが心に突き刺さるのだ。

この小説のタイトルである、『悪人』。
そして裏表紙の言葉、「そして、悪人とはいったい誰なのか」。
その答えは最後まで明確に提示されない。
そして私自身も、この小説において「悪人」とは誰なのか、明確に答えが出ていない。
確かに加害者にも、被害者にも、容疑者にもそれぞれ同情したくなる点、そして唾棄したくなる点がある。
ただそこに明確な線引きを引くことが出来ないのだ。

一体、悪とはなんなのだろうか、悪人とはなんなんだろうか。
ラスト1ページまで読者に問いかけられてくるこの命題。
現代のさまざまな問題の源流に通じていると思う。
そういった意味では、今の時代だからこその小説だと思う。

いろいろ考えさせられる、この小説。
本格ミステリとしての純度でいえば、『首無~』に及ばないが、広義のミステリとしては甲乙つけがたい。
間違いなく、今年度の収穫の1冊であると思う。


採点  5.0



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