『黒猫亭事件』(☆3.4)



『獄門島』連載中の作家・Y氏のところに、金田一耕助から同作の感想と同時に「ある事件」の記録が届く。それは以下のようなものだった。

いまだ終戦の混乱が続く昭和22年。東京近郊のG町銀座と呼ばれる繁華街の裏手に、「黒猫」というカフェー(今ならバー)があった。しかし店の経営者・糸島大伍とその妻でマダムのお繁は一週間前にどこかへ引越しをしており、店は改装中のため休業していた。
ある夜、蓮華院の変人僧・日兆が、黒猫の庭に埋まった若い女性の腐乱死体を発見する。ここが犯行現場?と考えられるが、肝要な被害者の素性が断定できない。
黒猫にいたのは主人夫婦と、加代子、珠江、お君という三人の女給。捜査陣に対し彼女たち三人は、糸島夫婦には互いに愛人がおり、そのことで相手の立場を非難しあっていたという証言をする。さらには黒猫のまだむはだいぶ前から、自分は病気だと称して誰ともあっていなかったという。
はたしてそのマダムは本当にお繁だったのか?

「僕たちの好きな金田一耕助」より

『本陣殺人事件』(角川文庫)に収録された中編。

冒頭で交わされる「一人二役」についての考察から話は始まる。
つまるところ、本作は一人二役のトリックが使われているのだと予告されている。
しかしながら、本編で展開される論理は先入観を植え付けられた読者をも混乱させる論理に彩られている。
この冒頭に予告に関しては、個人的には叙述トリック的要素も含んでいると思っている(反論は多々あるでしょうか)。
死体に関するトリックも含めて、中篇ながらもいろいろな要素が含まれているところにも、横溝の探偵小説にかける熱意が感じられる。

犯人の動機という点では冒頭での予告されたほどの要素はないかなという感じはしたものの、時代背景を感じさせる犯人の情念の強さは感じさせてくれるのではないだろうか。ただ冒頭で登場する日兆の存在がいまいち効かないのはちと残念。
また金田一シリーズの常連となる金田一パトロン・風間俊六初登場の作品としても印象に残る。
なにより横溝は、この作品を書いていて初めて金田一に愛着を覚え、以降のシリーズに繋がっていったと語っている。
そういった意味では数多くの金田一探偵譚を読めるのはこの作品のおかげということで、ファンは感謝しなければいけないのかも(笑)。

さてさて、この作品は『本陣殺人事件』『車井戸はなぜ軋む』と同時収録されているわけだが、あらためて読み返すとこの三作が一冊に収録されているというのも興味深い。もちろんそれぞれが比較的初期(それも近い時代)に書かれた作品というものあるのだが、内容的に共通するところが多いと思った。
どの作品も大なり小なり叙述的要素を含んだ作品ばかりだし、また事件、あるいはその裏側で蠢く悪意の存在を感じさせる。
これらの要素は前者がクリスティの『アクロイド殺害事件』、後者がクイーンの『Yの悲劇』の影響が多分にあると思うし、そういった意味では横溝の探偵小説家としてのルーツを匂わせる作品集になっていると思う。

どの作品も捨てがたい(もちろん『本陣~』が飛びぬけているのだが)素晴らしい作品集だと思う。
未読の人はぜひ手にとってくださいませ。




採点  3.4