『パルテノン アクロポリスを巡る三つの物語』(☆4.0)



紀元前5世紀、アテナイの政治家ペリクレスは、ペルシア戦争で荒廃した聖域(アクロポリス)復興を計画。幼なじみの天才芸術家フェイディアスを総監督に任命し、15年の歳月をかけてアテナイの丘にパルテノン神殿を出現させた……。
生涯を「民主制」と「究極の美」の完成に捧げたふたりの男の情熱と友情を描く表題作「パルテノン」のほか、栄華を極めたアテナイが舞台の中編二編を収録。
古代ギリシア黄金期をダイナミックに俯瞰する、歴史小説の新たなる試み! 

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柳さんの第6作目。前回記事にした『聖フランシスコ・ザビエルの首』よりこちらの方が出版順は先ですね。

で、粗筋を読んでお気づきの方はいるかもしれませんが、これはもうミステリーとは呼べません。
一応歴史の隙間的謎の考察なんぞは、歴史ミステリーといえなくもないかもしれませんが、やっぱりこれは歴史小説ですな。

ギリシアをモチーフにするのは、『饗宴~ソクラテス最後の事件~』以来ですが、アテナイを舞台に生きる古代ギリシア人の姿が生き生きと描かれてます。
一つ一つの物語の結末は割りと予想するところへ落ち着いていますが、むしろ本書の魅力はそこにたどり着くまでの過程が実に良く出来ているので読み終わっての充実感はきっちりと残りますね。

最初の短編『巫女』は、神の神託を告げるものとして絶大な影響を誇ったアリストニケの物語。
偉大なる巫女としての表の顔、そして実は老獪な人間である裏の顔。そんな比喩的な姿はドラマ「TRICK」のノリ。
そのあたりのユーモアを楽しんでいたら、思わぬ展開の中でアリストニケが見せた行動にちょっとホロリ。ラストの下げもいい感じだと思います。

続く『テミストクレス案』は、『饗宴~ソクラテス最後の事件~』でも描かれた民衆裁判を舞台にしています。
強大なペルシア王国の侵攻を退けた英雄テミトクレスが何ゆえ裁判に掛けられなければならなかったのか。
古代ギリシアのどこか悲喜劇的要素が強い裁判の模様がユーモラスをもって描かれながらも、その中で反転するテミトクレスの評価の行く末が面白い。
彼が最後にとった手段そのものは意外ではないものの、作中で描かれる背景の豊かさの中で印象に残ってくるからさすが。

最後は表題作の『パルテノン』。
収録作中もっとも長い作品は、世界遺産でもあるギリシア建築の傑作パルテノン神殿の建設が行われる中で、建築総指揮をつとめたフェイディアスと、当時アテナイの最大権力者であったペリクレスの友情と別れを、衰退に向かうギリシア王国の壮大かつ人間くさいドラマの中で描いています。
作中もっとも意外性のないドラマながら、歴史小説としての面白さを存分に見せてくれますし、古代西洋史にうとい僕でも十分に楽しめます。

バックパッカーとしてギリシアを訪れ、その後一年もの間滞在し続けたという著者の思い入れもあるのでしょうが、歴史の舞台を創作的モチーフとして作り上げる手腕はもはやお手の物。さらには素材としてのドラマティック性もあいまって、ミステリ嫌いの人も歴史物が苦手という人でも十分楽しめるエンターテイメントに仕上がっている。
やっぱりこれだけの著者が地味な扱いなのがもったいないって。。。



採点  4.0



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