『赤朽葉家の伝説』(☆4.9) 著者:桜庭一樹



"辺境の人"に置き忘れられた幼子。この子は村の若夫婦に引き取られ、長じて製鉄業で財を成した旧家赤朽葉家に望まれ輿入れし、赤朽葉家の"千里眼奥様"と呼ばれることになる。これが、わたしの祖母である赤朽葉万葉だ。―千里眼の祖母、漫画家の母、そして何者でもないわたし。高度経済成長、バブル景気を経て平成の世に至る現代史を背景に、鳥取の旧家に生きる三代の女たち、そして彼女たちを取り巻く不思議な一族の姿を、比類ない筆致で鮮やかに描き上げた渾身の雄編。

yahoo紹介

数々の書評ブロガーの皆様がこぞって絶賛した本書。
iizuka師匠あたりに怒られそうですが、図書館でやっとこさ順番が回ってきました。

ううん、期待に違わぬ傑作でした。
もう最初から作品の世界に取り込まれ、最後のページまでぐっと心を掴まれてしまいました。
実をいうと、あまりの好評ぶりに先入観を持ちたくなかったため、まったく情報の無いままに読書を始めました。

ということで、第三章に至って実はミステリの構造を持っていたのかと気づく始末。
ただ、それ自体は決してマイナスにはならなかった。
もしミステリとして読んでいたならば、第2章におけるラストの伏線に気づいてしまい(さすがに第3章での露骨な○○違いでは気づきました)、余韻と部分で物足りなさを感じたかもしれない。そういった意味では、ミステリとして取り組まなかったのは少なくとも私にとってはプラスだったのだろう。

とにかく山陰の旧家を舞台にした女三代記を通して、昭和から平成にかけて壮大な時代の流れを見事に移しこんでいる。
あるいは時代の表層を写し、あるいは時代に取り残されていく人々の姿は、美しくもあり哀しくもある。
とにかく一章読み終わるたびに、涙を流してしまった。

物語の語り部として平凡を自認する瞳子を据え、千里眼を持つ祖母・万葉や太く短く人生を駆け抜けた母・毛鞠の物語を浮き上がらせる手法。
それゆえに時としてもったいない程にエピソードを淡白に感じさせてしまう場面もあるが、読み終わってみれば第3者的な視線を通すことによって、語られなかった部分、あるいは騙られた(かもしれない)部分を残し、それがまた不思議な余韻を残してくれる。
その余韻が、第三章におけるミステリ的な部分の弱さを補ってあまりあると私は評価したい。

個人的に印象に残ったのは祖母・万葉が後の親友みどりと鉄砲薔薇の咲き乱れる地で、大量の木箱を発見する場面。
この風習自体はサンカ(山窩)の伝承をモチーフにしたものと思われるが、千里眼により自らの息子の死を知りながらも一緒に暮らし続ける万葉が、幻想に彩られた風景の中で直接的な死と対面するという静寂の中に流れる対象的な空気のギャップが心に染み入りました。
また作品全体としても第1章の淡色の中で時折流れる赤のイメージが鮮烈という意味でも第1章が一番お気に入りかもしれません。
翻って第2章は、毛鞠の存在がアバンギャルド(あるいはマンガ的)な存在であるだけに、あっという間に駆け抜けた印象。
しばし語られるように娘の瞳子にとっても理解しがたい部分を残した存在であるがゆえに、その内面が語られる部分は驚くほどに少ない。
ただその少なさゆえに印象に残るのは間違いないと思うし、第1章の筋立てとギャップがありながらも、違和感なく一つの流れの中に収めている。
それを受けた物語をひとまず締めくくる瞳子の平凡ゆえに自己嫌悪に陥ってしまう部分も非常に共感が持てた。

正直どこをとっても面白いので、詳細な感想というのが難しい。
あえていうなら、ミステリとしての満足度(トリックであったり、意外性であったり)というより、普通に一本の小説として圧倒的な満足感があった。
そういった意味では恩田陸「チョコレート・コスモス」以来のことかもしれない。
とにかく、今年読んだ中(まだ三ヶ月ちょっとですが)ではベスト級の作品だと思う。




採点  4.9