『新世界』(☆3.7)



第二次大戦が終わった夜、原爆が生まれた砂漠の町で一人の男が殺され、混沌は始まった。狂気、野望、嫉妬、憐憫…天才物理学者たちが集う神の座は欲望にまみれた狂者の遊技場だったのか。そしてヒロシマナガサキと二つの都市を消滅させた男・オッペンハイマーが残した謎の遺稿の中で、世界はねじれて悲鳴を上げる。

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一言コメントでさんざんあのメフィスト賞作品に触れてきたにも関わらず、またしても柳作品です。
とはいってもあの作品を挫折したわけではありません。やっと人が死にこれからという所で、本棚に熟成させているだけです。
だから近く記事に出来るはず。。。

で今回の作品。舞台となるとは第2次世界大戦中原子爆弾を開発する為だけに生み出された街、ロスアラモス。
物語の中心にいるのは、ロスアラモス国立研究所所長であり原爆の父と呼ばれた天才科学者ロバート・オッペンハイマー
原爆による日本の二つの都市ヒロシマナガサキが崩壊、そして第2時世界大戦が終結する。

それを祝うパーティの中で起きた不思議な爆発事件、そして怪我人が運ばれた病院で起きた奇妙な殺人事件。
二つの事件と原爆の存在を巡り繰り広げられる戦争、そして大量死の是非。
一つの小説の構造としてみると、かなり歪つな小説ではある。
これまでの柳作品同様、登場人物はオッペンハイマーという有名な人物を主人公に据えてはいるものの、彼自身が主役ではない。
主役はあくまで原爆そのものであり、それを巡る科学者達の群像劇あるいは悲喜劇といった観が強い。

ミステリとしての解決部分は確かにそれなりに論理的な解決方法が取られるものの、動機に関しては限りなく歪つな部分がある。
その原因はやはり、原爆というあまりに歪な大量破壊兵器の存在があるからだろう。
あまりのその存在が強烈すぎて、ミステリ的要素よりも原爆を巡る幻惑的な記述部分の方が印象に残る。
作中に挿入された原風景的なヒロシマの姿は、読んでいて異様な迫力を持って読者に迫ってくる。

惜しむらくは原爆が生み出す歪な光景と、ロスアラモスで起きた事件との融合がこれまでの作品ほどにしっくりはしていないところ。
物語の重要なキーパソンとして物語にしばし登場してくる隻眼の少女がいるのだが、そこには必然性よりも物語の都合としての印象が強い。
実際に原爆を開発した科学者達がヒロシマの被害に直面するには、物理的にもう少し時間が必要であっただろうし、そういった意味では彼女の存在させるのはやむを得ないとは思うのだが、幻想としての存在部分にもう少し必然を植えつけられれば、ミステリ小説としても完成度が高くなったかもしれない。
また、戦後におけるオッペンハイマーの活動を考えると、ラストの部分は少々悲劇的すぎる気がする。

そうはいっても、物語として読むには十分な吸引力はあるし、非常に読みやすい。
同時に原爆というもののある種の悲劇と矛盾性についての主張は簡潔にして強烈なメッセージがあるだけに、読者に考えさせる部分はきちんとある。
そういった意味では決して平凡な小説ではないと思うのだがどうだろう。


採点  3.7