『二人道成寺』(☆4.3) 著者:近藤史恵



不審な火事が原因で意識不明となった歌舞伎役者の妻・美咲。その背後には二人の俳優の確執と、秘められた愛憎劇が―。「摂州合邦辻」に託された、ある思いとは?梨園の名探偵・今泉文吾シリーズの白眉。

yahooより

近藤史恵さんを読むのは実に久しぶり。
確か『凍える島』と『ガーデン』を初出時に読んだと思うのだけれども、その印象が薄くそれ以来手に取ってなかった。
先日、「ポケットにミステリを」の冴さんが、一言メッセージでこの作品をオススメしていたのを見て、今回読んでみました。

文芸春秋の「ミステリー・マスターズ」のひとつとして発表されているものの、本格ミステリを読むつもりで手に取ると肩透かしを食らう。
確かに自宅の火事で意識不明になり今も眠り続ける女性、その真相を巡る筋立てでありミステリ要素が無いわけではない。
正直ある人物のアリバイに関する箇所などは、かなりラフに描かれており、ミステリを求めるなら興醒めだと思う。
ただ、それだけで切って捨てるにはもったいない。
この作品は歌舞伎の演目を下敷きにした恋愛小説だと思うからだ、しかも極上の。

下敷きになった演目は「摂州合邦辻」。これに登場する一人の女性の心境がそのまま現実での女性の心のアヤを描き出す。
ネタ元を知らなくても作中できちんと解説されるので、読むぶんにはなんの問題も無い。
むしろ歌舞伎の世界を取り込むことによって、登場人物同士の心の機微がより深く心に響く。

作品の全体を包む空気は淡々としてなおかつ濃密。
時を隔てた二人の語り手を通して描かれる二人の歌舞伎役者の確執。
二つの時間が交錯しながら描き出される川の流れは、一見濃く濁っているようにも見える。
しかしながら狂言回したる探偵がたどり着いた川の発端は狂おしい程に澄んでいる。
狂おしいまでの恋心を秘め静かに眠り続ける女性は、何を思い眠り続けるのか。

正直「ミステリー・マスターズ」で刊行される事により、読者層が限定されてしまうのがもったいない作品だと思う。
そういった意味では今年3月に文庫化されたことによって、より多くの人の目に触れられる事になるのは大変うれしい。
ぜひとも本屋で見かけられたら手に取って貰いたいものだと思う。


最後に蛇足。
今回は初出の単行本で読んだのだが、一箇所登場人物の苗字が間違えている部分があった。
正直はこれは叙述トリックかと思って頭を捻っていたが、単なる誤植。文庫版では訂正されているのだろうか。
また、巻末の著者インタビューを読んで、かつて著者が「月蝕歌劇団」という劇団に所属していたのをしった。
この劇団、まったく縁の無い劇団ではなかったので、ちょっと親近感を持ってしまいました(笑)



採点  4.3