『風果つる館の殺人』(☆3.7) 著者:加賀美雅之



恋人のメアリー・ケリイに付き添って、ケリイ家の屋敷・通称『風果つる館』を訪れたパトリック・スミスは、膨大な遺産を巡る諍いに巻き込まれる!発端は、奇怪極まる遺言状。一族はやがていがみ合い、パットとメアリーの運命にも暗雲が立ちこめる。そんななか、この地に伝わる伝説の巨人の影が、見えない襲撃者が、人間業とは思えぬ殺害現場を造り上げていく―。パリ警視庁の名予審判事シャルル・ベルトランが、この難事件に挑む。

yahoo紹介より

デビュー作『双月城の惨劇』の書評では、結構厳しいことも書きましたが、それでも☆3.3だというのは、作家としての技量の未熟さが目につつも、古典本格に対する熱いオマージュと妖しげな雰囲気が嫌いではなかったからです。
続く2作目の『監獄島』は上下巻の大作。デビュー作以上に不可能殺人のてんこ盛りっぷりに驚嘆しつつも、やはり表現的なものが引っ掛かってしまいその長さも相まって辟易とした部分がありました(少なくとももう一度読み直そうという気にはならんかったな~)。

で前作から2年ぶりに刊行された新作がこちらの作品。
著者も後書きで語っている通り事件の要因となる遺言状を巡る当主臨終の場面は、横溝正史の名作『犬神家の一族』を彷彿とさせてくれます。
また全体の構成も、『犬神家~』や二階堂黎人の『吸血の家』『悪霊の館』といった古典の香りを漂わせている作品の影響をかなり受けてるんでしょうね。
カー音痴の僕にはわからなかったのですが、トリック的なものもカーの作品の変形らしいですからな~。

ただ小説としてはこれまでの作品と比べると圧倒的に読みやすくなってます。
語り部兼ワトソン役たるパット君の猪突猛進短絡思考は相変わらずですが、それまでの作品に比べると煩くありませんし、冒頭の官能的場面が思わぬところへ繋がるというのも成程と思いました。
相変わらず犯人の想像がつきやすいという欠点はあるものの、そういった意味では小説としてのリーダビリティーの部分は非常に上達されたのではないかと思います。

まあトリックに関してはいえばこんなもん分かるかと^^;;
相変わらずの大仕掛けがかなり蓋然性が大きな要素を含んでしまうのはどうなのかと思うし、証拠品を巡る犯人の心情を語るベルトランの考察も正直いって首を捻ること多々あり。特に38年前の事件の真相、そりゃね~だろ~と思わずツッコミたくなること請け合い^^;;
多分、ゆきあやさんあたりが読まれたら相当ガクッときそうな気がしますわ~な(笑)。

そしてこの作品の最大の問題点は、登場人物の心理状況がよくわからんというとですな。
前に述べた証拠品の扱いなんかもそうですが、そもそも遺言状の奇怪な条項に隠された謎が真相通りならば、はっきりいってベルトランが登場するまでには事件が収束してないとおかしい気がするんですよ。
解決編で明らかになる事件の遠因なんかに至っては、著者があまりに古典のガジェットを盛り込もうとしすぎていてそれに飲み込まれた感すらありますな。
その一方で、犯人と動機が明らかになったあとの登場人物の心情の変化についてもそう簡単に上手くいくかという不満が。
正直そこまで書き込まなくてもいい部分かもしれませんし、これが二階堂さんなんかだったら徹底して通俗を貫いて、作品そのものの雰囲気を維持しているような気がします。そういった意味では古典へのオマージュとは別に、そろそろ加賀美雅之としての個性が現れてもいいのかもしれません。

そうはいっても、シリーズ作品の中では一番読みやすいのは間違いないとは思うんですよね。
その分小粒になってしまったと捉える向きもあるかもしれませんが、少しづつ欠点ともいえるべき部分が修正されているという好意的な見方をしたいと思います。
ここは一つ、古典の枠に捉われることのない作品を一度書いてみても面白いんじゃないかな~。