『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の事件簿』(☆3.8) 著者:降田天

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 高齢者詐欺グループのリーダー、光代は、手足として使っていたはずの仲間に金を持ち逃げされてしまう。さらに、彼女の過去の犯罪をネタに、一千万円を要求する脅迫状が届く。追い詰められた彼女は、普段は考えない強引な方法で事態の打開を図るが、成功したと思われたそのとき、1人の警察官が彼女に声を掛けてくる――。「落としの狩野」と言われた刑事を主人公に、人々の一筋縄ではいかない情念を描く、日本推理作家協会賞受賞作「偽りの春」収録、心を震わすミステリ短編集。

Amazonより

 初の降田天さん。サブタイトルに「神倉駅前交番 狩野雷太の推理」とあるが、物語自体は狩野自身視点ではなく、基本的には犯人側の視点で描かれる倒叙スタイル。犯罪を企てた犯人を軽いのりで一見優秀そうではない狩野が追い詰めていくのは、コロンボ古畑任三郎に近いかもしれません。

 とはいっても、単純な倒叙スタイルというわけでもなく、それぞれの短編にはそれぞれに仕掛けがあり、一筋縄ではいかないようになっています。また読み終わる頃には最初はのらりくらりとした言動で犯人を苛立たせる狩野の内面の微妙な心理が明らかになっていきます。

 一話目の「鎖された赤」は収録作のなかでは、収録作の中でもっともオーソドックスな倒叙物。内なる欲望を抑えきれず幼女誘拐を犯してしまった犯人が、ちょっとしたトラブルの為やむを得ず交番を訪れてしまった事によって、狩野により窮地に追い込まれるという展開。ただ、犯人が追い詰められる展開は読み応えがあるものの、むしろ物語の主題は「なぜ犯人は事件を起こしたのか」というところ。正直なところ感のいい人は仕掛け自体は察しがつくところですが、だからといって事件の構図は何も変わらないのがなんだかやるせないです。

 2話目の表題作「偽りの春」は日本推理作家協会賞短編部門受賞作。高齢者をターゲットにした詐欺グループの主犯格が脅迫により望まない方法で事件を起こし、狩野に目をつけられるという展開。犯人が望まない犯罪を犯さなければならなかった感情の揺れは切なく、それゆえにラストの展開がやるせない。一話目ではただ犯人を追い詰めるだけの存在だった狩野が、事件解決後の経過を気にするなど、すこしずつ内面を見せてきます。

 3話目の「名前のない薔薇」になると、少しずつシンプルな倒叙物の枠から外れていきます。一般的な倒叙物は一人の犯人側の視点から描かれますが、この作品に関しては一人の女性のために薔薇を盗んだプロの泥棒と、そのことにより人生が大きく変わってしまった女性の二人の視点で描かれています。2つの視点で描かれることにより、ラストで明らかになるある事実が活きる。ある意味狩野は傍観者という立ち位置に近かったですが、最後に彼の過去が少し明らかになります。

 4話目「見知らぬ親友」5話目「サロメの遺言」は繋がった世界観。
「見知らぬ親友」では同級生に弱みを握られたがゆえに彼女の頼みを拒めない従属関係に陥った美大生が徐々に追い詰められという展開。この二人の関係や、もうひとりの友人である天才肌の少女の奇矯な性格といい、かなりベタな構成ではあるものの、ベースにある感情にリアル感があるので、物語そのものには惹きつけられます。また、物語の展開が一番想像がつかなかったのがこの短編でした。ラストで活きるタイトルの意味と、もう一つの事件は衝撃でした。

 そのもう一つの事件から繋がっていくのが最終話「サロメの遺言」。登場人物の設定こそネタバレになってしまうので書けませんが、狩野の過去が明らかになるとともに、「落としの狩野」と呼ばれる狩野が自分の、そして警察について語ることによって、狩野はけっして探偵としての役割としてこの連作短編集に名を連ねている訳ではなく、一警察官として事件に向き合っているというのが伝わってきました。

 それぞれの作品に隠された仕掛けそのものは案外と想像がつきやすいような気はしますが、それでガッカリするということはなく、その仕掛けが物語をちゃんと動かしているというところで、総じてレベルの高い短編集なのではないでしょうか。


採点  ☆3.8