『夜行』(☆4.4)  著者:森見登美彦

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僕らは誰も彼女のことを忘れられなかった。

私たち六人は、京都で学生時代を過ごした仲間だった。
十年前、鞍馬の火祭りを訪れた私たちの前から、長谷川さんは突然姿を消した。
十年ぶりに鞍馬に集まったのは、おそらく皆、もう一度彼女に会いたかったからだ。
夜が更けるなか、それぞれが旅先で出会った不思議な体験を語り出す。
私たちは全員、岸田道生という画家が描いた「夜行」という絵と出会っていた。
旅の夜の怪談に、青春小説、ファンタジーの要素を織り込んだ最高傑作! 

「夜はどこにでも通じているの。世界はつねに夜なのよ」 

Amazonより

 森見登美彦10年目の集大成(どこからの基準で10年目かよくわかりませんが)という事で、結構大々的に宣伝をしてる印象があった作品。もしかしたら、第7回広島本大賞受賞作ということで、わが地元広島の本屋ではずっと目立つ位置に置いてあるからそういう印象なのかも。
 「夜行」の特別サイトも公開されて、中にはこの不思議な物語を巡ってのそれぞれの解釈なんかも掲載されてて非常に面白かったです。

 さてさて、自分はモリミーさんの本を読んでいるかというとまったくそんな事はない訳で、ブログの記事を遡ってみると、これが実に10年ぶりぐらいになるみたい。ブログを休んでいた時期もあるけど、その間に読んだ記憶も無いので、ほんとに久しぶりなんだな〜と思います。

 今回は岸田道生という銅版画家の作品「夜行」シリーズをキーワードにした連作短編集。ある女性の失踪事件以来10年ぶりに集まった仲間たち。鞍馬の火祭りが控える中、それぞれの思い出を語る姿はまるで百物語のようです。
 尾道奥飛騨津軽天竜峡、そして鞍馬。仲間たちがそれぞれの場所で経験する不思議な物語。以前に読んだモリミーさんの作品では、ファンタジー要素の中にユーモアと不思議な暖かさがありましたが、この作品ではユーモアというよりは不穏、暖かさというよりは肌寒さが残ります。

 どの物語でも、現実の世界に説明のつかない不思議な現象が現れ、時にはまるで銅版画「夜行」シリーズでそれぞれの街の風景と一緒に描かれる顔の無い女性とイメージが重なるような人物も登場します。それぞれの物語が曖昧なままに閉じられていて、それなのに何事もなかったように次の語り手に物語が移っていく構成も、現実と非現実の境界を曖昧にしてます。

 『夜はどこにでも通じているの。世界はつねに夜なのよ』

 登場人物の一人が語る言葉。物語が進むに連れて、まるで永遠に終わらない夜のように闇が濃く深くなっていきます。あまりに濃厚なので語り手達が岸田道生の銅版画の中に取り込まれていくのではないかと、読みながらドキドキしてしまいました。

 一方で闇がある所に光有り、ではないですが、岸田道生には誰も見たことがない「曙光」という「夜行」と対極にある連作シリーズが在ることが何度も語られます。この「曙光」の存在が、連作の掉尾を飾る鞍馬篇で物語の風景をがらっと変える役割を果たします。
 
 鞍馬篇で語られた意外な物語は、読み手に連作の終着点を示すと同時にまた新たな物語に導いてくれます。物語のラストを美しいと感じるか、恐怖と感じるか、読み手によって受ける印象は変わると思うし、その受け取り方によって、物語は無限に広がっていきます。






(以下途中までネタバレ的な考察)





 最後の鞍馬篇で、大橋くんと長谷川さんの物語が反転します。「夜行」の世界では長谷川さんが姿を消しますが、「曙光」の世界では代わりに大橋くんが行方不明となってました。岸田道生の銅版画がふたつの世界を結びつけていましたが、果たして銅版画が結びつけたのは二人の世界だけなのでしょうか。もしかしたら、他の人物たちが行方不明になっている世界があるのではないでしょうか。尾道奥飛騨津軽天竜峡での出来事について語っている人達の時間は、果たして鞍馬篇での大橋くんの世界と一緒なのでしょうか。
 それぞれの物語はどこか不穏な空気、日本的にいえばまるで幽霊に魅入られたような終わり方をしているように思います。それぞれの物語が無かったかのように次の物語が始まっているのも、もしかしたら全ての物語が、それぞれに違う世界、本当に繋がってない物語だったからではないでしょうか。。。







(ネタバレ終わり)




 無限に広がるファンタジーの色合いこそこれまでのモリミー作品とは違うのかもしれませんが、現実の境界線を軽々と飛び越えて無限の広がりをみせるこの作品もやっぱりモリミーワールドの一つの形なんだと思います。



採点  ☆4.4