『矢の家』(☆3.2) 著者:A・E・W・メースン

矢の家

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資産家のハーロウ夫人がなくなり、遺産は養女のベティが継ぐことになった。そこへ夫人の義弟を名乗る怪人物が登場。恐喝に失敗するや、夫人はベティが毒殺したのだと警察へ告発する。ベティはハーロウ家の顧問弁護士に救いを求め、いっぽうパリからはアノー探偵が現地に急行する。犯罪心理小説の変形としても、サスペンスの点でも特筆すべき古典的名作。多作で知られるメースンのミステリ代表作を、文豪・福永武彦による翻訳で贈る。

Amazonより


 フランスの資産家ハーロウ夫人の死に対して、毒殺の告発状が届く。告発者は義弟ワベルスキー、告発されたのは養女ベティ。夫人の財産管理をしていた法律事務所の弁護士フロビッシャーは、名探偵と誉れ高いパリ警視庁のアノーと共に現地に向かう。

 この小説の存在は乱歩や瀬戸川をはじめとしたいろんな方の評論やエッセイで名前だけを聞いた事がありましたが、今回読むまで筋は全く知らず。メースン自体も昔一冊何か読んだような・・ぐらいな記憶。

 実際に読んでみると、フランスの片田舎が舞台、さらにはちょっと自信過剰で尊大な物言いがオチャメな探偵アノーがポアロを彷彿するとあって、クリスティの作品の雰囲気に近いものを感じました。
 今の本格ミステリに較べると圧倒的に地味で、時間の流れも遅く感じます。事件の容疑者と疑われ不安をもっているけれど、その一方で舞踏会やらドライブやらで気分転換をしているところなんかは、古き良き時代の物語なんだな〜といったところで、そういった作品が書かれた時代の空気を感じるのもこの本の楽しみの一つかもしれません。

 ミステリ的なところでいえば、ベースとなる事件そのものはシンプルです。もしかしたら感の良い読者は著者の狙いは途中で分かるかも。アノーの推理にしても、様々な証拠を積み重ねて犯人側の仕掛けを破るというではなく、むしろ直感的に事件の真相を感じ取る、どちらかというとホームズ的な古典的探偵。もちろん作品自体に大掛かりな仕掛けがある、、、というものではないので、それは止むを得ないのかもしれません。

 むしろこの小説は、探偵と容疑者達、あるいは探偵と助手(この小説ではフロビッシャー君)との心理的な駆け引きを楽しむというのが正しいのではないかと思います。アノーだけではなく、フロビッシャー君や容疑者となるベティやその友人アンまで、作中の登場人物たちの個性がはっきりしているところも、そういった読み方の助けになってくれると思います。

 特に巻末の解説で杉江松恋さんが述べている通り、探偵アノーと助手のフロビッシャーの関係には、いわゆるホームズとワトソンのような信頼関係がありません。可憐なベティの無実を疑わないフロビッシャー君は、なにを考えてるのかなかなか本音を見せないアノーに苛立ち、時には暴走気味に事件を解決しようと動いたりします。このあたりのちょっとしたメタな構造は、もしかしたら現代の本格ミステリに繋がるのかもしれません。

 ミステリとして見た場合、今読むべき傑作といっていいのかと言われると難しいところですが、個人的に敬愛する福永武彦氏のいい意味で癖のない訳文と共に、心理ロマンス小説として読むと面白いかも。あるいは一度読んだあとに、再度伏線に気をつけながら読むとさらに楽しめる小説といえるかもしれません。


採点  ☆3.2