『黒い白鳥』(☆4.3)   著者:鮎川哲也



まずはあらすじ。

労働争議に揺れる東和紡績の常務令嬢敦子と、労働組合副委員長の鳴海は恋人同士。
さながらロミオとジュリエットだが、社長の死を契機に労使間は雪融けを迎えつつあり、二人の春も遠くはない。その気分も手伝ってか、敦子は社長殺しの一件を探偵しようと提案。怪しいと目星をつけた灰原秘書のアリバイ捜査に赴いたバー『ブラックスワン』で、鳴海は事件の鍵を握る人物と出遇う。
第13回日本探偵作家クラブ賞受賞作。

yahoo紹介より

記事にはほとんどしていないものの、鮎川哲也は私の偏愛作家の一人である。
松本清張をリーダーとした社会派が主流を占める時代に、本格への愛を貫いた作家であり、後進作家の発掘やアンソロジーの編纂などその功績は乱歩・正史に劣らず偉大だ。
そんな鮎川さんの代表作は、星影龍造が間違いなく『りら荘事件』であると思う。
しかしより知られている主人公は、この小説にも登場する鬼貫警部だ。
おもにアリバイトリックものに登場する、下の名前もわからない警部だがその地道な捜査手腕は警察を主人公にした本格小説の嚆矢といえると思う。
その鬼貫物の代表作といえば、超絶的な死体移動トリックが炸裂する『黒いトランク』となるのだろうが、個人的に一番好きな長編はこの作品。

正直、地味なのは地味^^;;
電車を使った時刻表トリックが苦手な人にとっての鬼門じゃないかと部分がこの作品にも多少はあると思う。
ただ、この作品を単なる時刻表トリックだと思って読まないのはもったいないと思う。
パズル的な要素をそれだけに終わらせない鮎川さんの本格魂がここにはあると思うから。
アリバイトリックをそのまま提示するのではなく、さらにそれを応用して犯人を確定させるロジックの展開の面白さ。

そもそもアリバイトリックというのは、トリックの中でも解決への筋道が少なく、パターン化してしまうのが難点。
それをどう面白くみせるかが大事だと思う。
そういった意味では、この作品はトリックのキーとなる部分をきちんと提示していて、可能性的に犯人を推測することを可能にしている。
一方でガチガチのトリック物にするのではなく、多少ルーズな部分を確信的にいれることによって本格の味わいも持ってる。
なにより登場人物を丁寧に描くことによって、物語に情緒的な味わいがある。
ラストの犯人の独白場面と結末の苦い余韻は印象的だ。

西村京太郎氏を代表する王道的なアリバイトリック物もそれ相応の面白さがあると思うが、そういうものが苦手な人は鮎川氏の一連の作品にぜひ手を伸ばしてもらいたいと思う。



採点  ☆4.3