『暗黒童話』



突然の事故で記憶と左眼を失ってしまった女子高生の「私」。臓器移植手術で死者の眼球の提供を受けたのだが、やがてその左眼は様々な映像を脳裏に再生し始める。それは、眼が見てきた風景の「記憶」だった…。私は、その眼球の記憶に導かれて、提供者が生前に住んでいた町をめざして旅に出る。悪夢のような事件が待ちかまえていることも知らずに…。


圧倒的に短篇(中篇)、もしくは連作集が多い乙氏の多分初めての長編。
『銃とチョコレート』で長編でもストーリーの運び方の上手さを感じさせてくれた乙氏、この作品もすらすらっと読めました。

人の記憶が見えるという設定自体は目新しくないものの、記憶と人を繋ぐ媒体に眼を選び、なおかつ主人公に記憶喪失という設定を付け加えたのはらしいといえばらしいのかも。
さらにはネタバレになってしまうので詳しくは言えないが、登場人物の一人にあるとんでも無い能力を持たせているが、この作品の真骨頂といえるのかもしれない。
というより、本編の途中からボクの興味は主人公の風景を探す旅(いちおうミステリー仕立て)よりもこの在る人物の特殊能力が作り出す偉業の世界に興味を惹かれてしまうのでは。この能力が醸し出す雰囲気は処女作の『夏と花火と私の死体』に近いものがあるかもしれない。
ラストで主人公がこの能力を体験するくだりなどは、いかにも黒乙一作品の登場人物らしいなんともいえない妖しさを醸し出す。

個人的には物語にでてくる唯一のカップルの存在の描き方がかなり秀逸だと思います。

しかしながらエンディングはどちらかとせつない系乙一かもしれない。ただ正直あまり切なさというのは感じなかった。
『銃とチョコレート』に較べると、物語の運び方にややまどろっこしいところが見えてしまうし、主人公の造形がやや薄っぺらいのも気にはなります。

あとは冒頭と途中に挿入される作中の童話『アイのメモリー』が、それ単体としてはかなり歪んでいておもしろいものの、本編との絡みという部分では中途半端に終わっているのは非常に惜しい。

ただ短編で見せる切れ味には欠けるものの、十分に面白い作品に仕上がっているとは思うし、以降の作品と較べてみるのもおもしろいのかもしれない。