『青少年のための小説入門』(☆4.7) 著者:久保寺健彦

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「すげえの書いて、デビューしようぜ」
落ちこぼれヤンキーといじめられっ子中学生が、小説界に殴り込み! ?
小説家を目指すデコボココンビの奮闘を描く、渾身の青春長編小説。

小説家となった入江一真(かずま)のもとに、一枚の葉書が届く。とぎれとぎれの字で「インチキじゃなかったぜ」とだけ書かれたその手紙は、もう20年ほど会っていない「元相棒」から送られてきたものだった――。

1982年4月、中学2年だった一真は、万引きを強要された現場で、ヤンキーの登(のぼる)と出会う。
登は、いじめをやめさせる代わりに、「小説の朗読をして欲しい」と、一風変わった提案を一真に持ちかける。
実は登には「小説を書きたい」という野望があった。
ところが、登は幼いころから自由に読み書きができなかった。
しかし、登には一度聞いた物語は一言一句忘れない特技があり、頭の中に湧き出すストーリーを生かして作家になることを目指していた。そこで、一真に小説を朗読させてコンビで作家になることを目指そうとしたのだ。
はじめは嫌々だった一真だが、たくさんの小説をふたりで読むうちに、「面白い小説を創る」という想いが加速していく。しかし、次々に壁がふたりの前に立ちはだかり……。

熱い友情と挫折を描く、渾身の青春物語。書き下ろし

Amazonより

 初めての久保寺さんだけど、いいじゃないですか、これ。


 小説を読むという行為はただ字を読む行為だけではない。例えば、読者は字が語る世界を想像し、頭の中に字を変換させた世界を創造する行為ともいえる。そしてそれは文字を持つ人間の特権なのかもしれない。

 物語の主役の一人、登さんはディスレクシア(脳の機能的に物理的に読み書きが出来ない障害)であり、自分の文字で物語を紡ぐ事は出来ない。しかし、文字を奪われたとしても、言葉は常に登さんの前にある。字から物語を創造する行為を奪われた代わりに、言葉から物語を紡ぎ出す力を彼は持っていた。

 そしてもう一人の主人公、一真は言葉を語る力を持っていた。優れた朗読というのはただ読むという行為だけではない。読むという行為から聞き手のイマジネーションを刺激し、言葉から物語を想像させなければいけない。一真が紡ぎ出す言葉の音楽(あえてそう言おう)は、登さんにとって最高に刺激的な音楽だった。

 そんな彼らがひょんな事から出会った事により、新たな物語の創造の旅が始まる。字を認識できない登さんが一真の奏でる言葉の音楽によって様々な名作に触れる場面が繰り返し描かれる。それは小説を作り出す技法を学ぶ行為でもあるのだけれど、同時に小説の面白さに触れる行為でもあった。作中様々な名作のフレーズが取り上げられるが、登さんや一真と同様に読み手のこちらもその小説を読みたくなってしまう。作中、面白い小説とは何かをそれらのフレーズの分析が披露されるが、それは技法の解説であると同時に小説の読み方の指南でもある。それまで何気なく読んだフレーズの中に隠された面白さを気づかせてくれる、まさに小説入門である。

 登さんと一真はそれぞれに秀でた才能を持っているけれど、決してスーパーマンではない。登さんは自分を見捨てた母親と育ててくれた祖母との関係に悩んだり、一真は同級生への恋愛感情や批評家の厳しい意見に揺らいだり、等身大の姿も見せてくれる。彼らを取り巻く様々な環境の変化であったり、プロの小説家であるための壁にぶち当たる事もあるけれど、彼らの関係は最後まで変わることはなかった。それが本当に嬉しい。

 物語の冒頭で二人の物語の行方はあらかじめ提示されているけれど、それで物語がつまらなくなるわけではない。二人のコンビとしての先にあったものが果たしてハッピーエンドだったのかそうでなかったのか、それは分からない。それでも彼らはお互いに出会ったことによって、かけがえのない物語を紡ぐことができたのだと思う。

 最後に、イラストレーションを漫画家コンビを描いた「バクマン」の小畑健が担当していることもなんだか楽しい。

採点  ☆4.7