『私が大好きな小説家を殺すまで』(☆3.6) 著者:斜線堂有紀

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 突如失踪した人気小説家・遙川悠真。その背景には、彼が今まで誰にも明かさなかった一人の少女の存在があった。遙川悠真の小説を愛する少女・幕居梓は、偶然彼に命を救われたことから奇妙な共生関係を結ぶことになる。しかし、遙川が小説を書けなくなったことで二人の関係は一変する。梓は遙川を救うため彼のゴーストライターになることを決意するが…。
 才能を失った天才小説家と彼を救いたかった少女―なぜ彼女は最愛の人を殺さなければならなかったのか? 

Amazonより

 斜線堂さんの初読。基本的なあらすじとして、人気小説家遥川悠真が出会った少女幕居梓が、才能を枯渇させた彼の代わりにゴーストライターとなってしまった為に起こる悲劇。

 二人が初めて出会った時、梓はまだ小学生。たまたま自分の本を持って自殺しようとしていたのを止めたのがきっかけとはいえ、危うい年齢設定。警察パートを除けば梓の視点で描かれており、その彼女からみた遥川の何を考えているのか掴めない、そして脆いガラスのような存在感が二人の関係を不安定な均衡の上に立っている危うさを感じさせます。

 あらすじや冒頭である程度結末が語られているため、二人の未来になんらかの悲劇が待ち受けているのは分かりつつも、どこかでは足長おじさん的な物語になってほしい。彼と出会うまでの梓は実母から異常に時間管理され、自宅での12時間を狭い押入れのようなところで過ごすという虐待的な環境で育っています。
 その中で出会った遥川の小説を彼女は暗記できるほど読み込んでいます。そんな大切な本の作者が目の前に現れ、そして自分を檻から救ってくれた。まさにヒーロー。そこまでの相手を彼女はなぜ殺そうと思ったのか。

 彼女の動機という「WHY」の部分ではミステリといえるのかもしれませんが、この小説はWHYを解き明かすことが主題ではないと思います。あくまでミステリ風味の恋愛小説であり、WHYの物語でもあります。それゆえに梓視点でない警察パートで事件が明らかになることはありません。警察もまた遥川と梓の物語の読者でしかないのです。

 才能の枯渇に気づき壊れていく遥川、そして自らを救ってくれたヒーローの崩壊を一番近くで見つめなければいけない環境の中で追い詰められていく梓。物語の枠組みこそ定番なので、文章の語り口が合わなければ軽すぎると思うかもしれません。それでも、淡々とした展開の中で少しずつ静かに壊れていく日常の風景はひたひたと心に染みてくるような気がします。

 狂気と紙一重の梓の遥川への執着は残酷なくらい純愛なのかもしれません。果たして彼女はどの段階で遥川を殺してしまったか。一方で遥川は梓を殺していなかったといえるのか。共感はできないけれど、理解はできる。もしかしたらこの物語は、日常の中で誰もが陥るかもしれない平凡な狂気の物語かもしれません。

採点  ☆3.6