『ネクスト・ギグ』(☆3.8) 著者:鵜林 伸也

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 光を浴びながらステージに登場したボーカルは、突如悲痛な叫び声をあげるとその場に頽れた。彼の胸には千枚通しが突き刺さっていた。衆人環視の中でのボーカルの不可解な変死により、ロックバンド“赤い青”は活動休止に追い込まれる。事件直前、カリスマ的なギタリストが演奏中に冒した、彼に似つかわしくないミスは事件と何か関係があるのか?ライブハウスのスタッフである梨佳は、あの日なにが起こったのかを考え始める。やがて起きた第二の悲劇―ロックは、果たして人を殺すのか?無冠の大型新人が満を持して贈る、感動の第一長編。

Amazonより

 本ミス2019で12位にランクインした新鋭の作品。カリスマギタリスト率いるバンドのボーカルがライブ中に千枚通しで刺された状態で変死する。衆人環視の中での惨劇であり、変則的な密室ともいえる状況で起きる第1の事件は、それだけで本格好きにとってはそそる状況だ。

 本作はロックバンドと彼らがメインで活動するライブハウス、そしてライブハウスに隣接しているメンバーの暮らすアパート(一階がたこ焼き屋)でほぼ物語が展開される。そして事件の真相には、メンバーが遺した「ロックとは何か」という言葉が大きな命題として掲げられる。

 この小説には警察が殆ど登場しない、あくまで関係者だけで推理が繰り広げられるのだが、それゆえに事件の謎そのものよりも、ロックの意味というところに大きくページが割かれている。物語はライブハウスのスタッフである児玉梨佳の視点で語られる。彼女自身は楽器を演奏するわけでもなく、ある意味ロックという部分を客観的に見つめる立場にある。
 事件を巡る過程の中で、彼女はメンバーや他のスタッフに「ロックとは何か」と問う。問われた人たちはそれぞれの立場でロックについて彼女に答えを返していく。
 バンドの音楽に魅了されながら、それでもロックとの間に線を引いている梨佳はそれゆえに語り手にふさわしいのかもしれない。彼女はある意味フラットな状態で、読者と同じ視点でロックを考えることができているからだ。

 連続する事件の真相において、いわゆる不可能犯罪的な部分については正直拍子抜けなところもあるし、犯人の動機についてもそれで人を殺してしまうのか、というところはある。ただ欠点になりそうなそれらの箇所も「ロック」という枠を設けることでシチュエーションとして成立させているように思う。まさに「ロックは、果たして人を殺すのか」である。
 探偵役を務めるソロミュージシャンが事件の真相を語る前に、残されたバンドのメンバーとセッションする事によって真相に確信を持ったり、そして超絶テクを誇るカリスマギタリストがなぜ初歩的なミスを犯してしまったのかという点が事件の真相とは別の方向で事件に大きな影響を与えたりと、まさに物語を成立するためにこの設定が必要とされたという必然性、プロットが見事だと思う。

 ミステリとしてはもちろんロックをテーマとした小説としても、読んでいて引き込まれる。起きた事件こそ不幸だけれども、そこまで人生を賭けることができるものを見つけることができた人たちを、ちょっぴり羨ましく思う。

 
採点  ☆3.8