『ガラスの殺意』(☆4.0) 著者:秋吉理香子

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「憎きあいつを殺したのは……私!?」
 二十年前に起きた通り魔事件の犯人が刺殺された。警察に「殺した」と通報したのは、同じ事件で愛する両親を失った女性。だが、彼女はその現場から逃げる途中で交通事故に遭い、脳に障害を負っていた。
警察の調べに対し、女性による殺害の記憶は定かでない。
復讐は成し遂げられたのか、最後に待つ衝撃の真相とは? 驚愕の長編サスペンス・ミステリー!


Amazonより

 秋吉さんの作品を読むのは「暗黒女子」に続いて2冊め。自ら殺人を通報してきた麻由子は高次脳機能障害でごく短時間しか記憶が持たない。警察が来たときには通報した事すらわすれている。さらには、障害を持つきっかけになった日から記憶の更新が止まり、実際には41歳になったにも関わらず、自分は18歳だと思っている。

 通報、自供したことすら忘れてしまうという特殊な状況の中で、彼女の言葉はどこまで信用できるのか、自分の両親を殺した通り魔への殺意をそこまで持ち続けることができるのか。そもそも本当に麻由子は犯罪を犯したのか。
 これだけでも複雑な状況なのに、麻由子の夫は通り魔から逃げようと路上に飛び出した麻由子を跳ねて障害を負わせてしまった自動車事故の加害者だから、心理面的にも複雑な状況。

 ミステリとしてかなり凝った設定。ただ、そのわりには物語の展開は非常に想像しやすい。「暗黒女子」でもそうでしたが、ミステリとしての狙いの為の設定が作り込まれすぎているのかもしれません。ミステリとしての伏線も分かりやすく配置されている(著者の意図がどうだったかは別)で、複雑にみえてもミステリとしては一本道、真相が分かった時の驚きはそこまで強くないかもしれません。一部の登場人物の心情についても、気持ちは分かるけどでもそこまで考えるか〜という気がしないでもないです。

 一方で、ミステリという枠ではなく小説として考えると、ミステリを描くために作った設定がむしろそれ以外の部分で効果を発揮しているように思います。

 両親を通り魔に殺されて、でもその記憶は失われている。一つの場面の中でも何度も記憶を失っている。一つの場面の中でも、何度も記憶を失っていく。そして記憶を失うたびに、両親を殺されている事、20年もの空白が人生の中に空いてしまっている、そんな耐え難い衝撃をなんども繰り返してしまうなんて本当に残酷だと思います。
 そんな自分に戸惑いながら、それでもあらゆる手段で記憶を記録し、自分にとって大切なことを忘れないように、そして自分に降り掛かっている殺人容疑を晴らそうとする姿は痛ましい。

 また、事件を捜査する刑事・優香もまた、認知症で記憶を失っていく母の世話を経験しており、人格を少しずつ失っていった母の姿を麻由子にダブらせています。この優香のパートで描かれる認知症の姿もリアル。母を施設に入れてしまったことに対する引け目、別居している兄の認知症への理解の乏しさ、それゆえに母を施設に入れた優香を責める姿は他人事では無いです。事件を通して優香もまた何かの救いを得ようとしてるのかもしれません。

 並行する2つのパートの重さゆえに、事件に隠されたある自分の覚悟の重さが明らかになるクライマックス、そして事件が解決したあとのエピローグには涙がこぼれてしまいました。
 黒くない秋吉さん、ミステリとしては弱くても小説としては十分読み応えがあると思います。

 

 
採点  ☆4.0