『碆霊の如き祀るもの』(☆4.2) 著者:三津田信三

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断崖に閉ざされた海辺の村に古くから伝わる、海と山の怪の話。その伝説をたどるように起こる連続殺人事件。シリーズ書き下ろし最新作断崖に閉ざされた海辺の村に古くから伝わる、海の怪と山の怪の話。その伝説をたどるように起こる連続殺人事件。どこかつじつまが合わないもどかしさのなかで、刀城言耶がたどり着いた「解釈」とは……。シリーズ書き下ろし最新作!

Amazonより

 実に「幽女の如き怨むもの」以来6年ぶりの刀城言耶シリーズ。その間に、本来シリーズの一作として構想されていた「黒面の狐」があったとはいえ、やっぱり三津田さんファンが一番待っているのはこのシリーズだと勝手に思ってます。

 で、今回は海辺の村が舞台。村といっても実際には5つの寒村があり、舞台としてみると村というよりは強羅地方のこの地区に伝わる怪異についての物語でしょうか。まぁ、5つのうち空気のような村もあるので、そこまで深く考えなくても大丈夫。ただ、以前のシリーズでも思いましたが、村の位置関係や事件が起きた場所の位置関係など、とりあえず大雑把な地図をつけてほしい。文庫になって付くこともあるんですが、やっぱり分かりづらいですな。

 冒頭には主な舞台となる犢幽村に伝わる3つの怪談、そして閖上村に伝わる1つの怪談、計4つの怪談が収録。怖いというより薄気味悪いところは実に怪談の王道。その中心にあるのはこの地方に伝わる碆霊様信仰があります。この碆霊様、この地方に伝わる海難事故の犠牲者を弔うものとも、寒村を生きながらえさせるえびす様のような存在ともとれますが、正体不明。

 シリーズの例によって、この地区に伝わる碆霊様に関わる怪異の収集に訪れた刀城言耶と編集者・祖父江偲が殺人事件に巻き込まれます。その事件はどれも不思議な状況で起きています。
 特に第一の事件、村にある笹女神社の奥宮ともいえる竹林宮で起きた変死事件の不可思議性は白眉。なにしろ竹やぶで囲まれた宮で発見された死体の死因は餓死。村に伝わる怪異では、迷い込んだ女性が謎の空腹感とこの世のものとは思えない怪異に遭遇してますが、実際には所詮竹やぶ、出ようと思えば出れる状況で餓死しているわけで、登場人物の一人が言う「開かれた密室」そのもの。
 他にも、他殺が疑われる状況にも関わらず犯人の目撃者のいない事件、密室状況で発見され、一見自殺とも言える縊死死体ながら、そこには他の変死事件でも事件場所から発見されていた笹舟があったりします。

 閉鎖的な村の状況、まったく掴めない碆霊様の正体、村に伝わる怪異をなぞるような連続変死事件。刀城言耶シリーズに求めてるのはやっぱりこれ。ひたすら推理しその推理を否定する刀城言耶のスタイルは健在、物語が終盤になっても事件は止まず、推理は堂々巡り。残り少なくなったところで残った謎はなんと70余り。ほんとに解決するのかという不安にすらなります。

 正直なところ、ミステリ部分、特に密室的状況についての真相は第1の事件以外(第一の事件の真相については、これをされるなら、絶対被害者にはなりたくない、と思います)はやや拍子抜け。積み重ねられた謎がパタパタと解明していくカタルシスは、それまでのシリーズに比べたら薄いかもしれません。

 むしろ、この小説の読みどころは、事件の動機、その動機を作り出した人間心理の醜さにあるだろうと思います。いわゆる民間伝承に端を発する怪異譚は、隠された罪を形を変えることによりその罪を消し去る者であることが多い
のかなとも思います。罪とはいっても、そこには人が生きるためのやむを得ない摂理があったりするわけで、現在の道徳心と安易に重ねるものではないのかもしれません。

 それでもこの事件の動機の異常性は突出している、というより今まで読んだことのないものだと言えると思います。その動機を成立させるための設定の作り方は、横溝正史に通じる、あるいはそれをさらにブラッシュアップさせたものだと思います。そういった点でも、刀城言耶シリーズとして相応しい出来のように感じました。

 そして、最後に残る理屈では説明出来ない現象。これもまたシリーズのお約束かもしれないですが、本編の謎以上に強烈です。最後の最後に永遠に解決できないであろう、まさに本当の怪異で締めくくられます。おそらくこれからも語られないであろうこの怪異の謎が一番印象に残るかもしれません。

 シリーズとして個人的に白眉だと思っている「首無の如き祟るもの」や「幽女の如き怨むもの」までのクオリティには到達していないと思いますが、それでもシリーズのファンにとっては期待を裏切らない出来だと思います。


採点  ☆4.2