『タラント氏の事件簿(完全版)』(☆3.4) 著者:C・デイリー・キング

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 博物館から消えた古書、ペントハウスの密室殺人、古の詩どおりに現われては消える竪琴……いずれ劣らぬ怪事件に理知の光を当て真相をあばくのは、日本人執事を従えた謎の紳士タラント氏である。巨匠クイーンが「黄金時代におけるもっとも想像力に富んだ短編集」と評した傑作短編集に、未収録作品4編を追加。不可能趣味に満ちたシリーズ全作品を網羅した文庫決定版!

Amazonより

 C・デイリー・キングの作品は「鉄路のオベリスト」を図書館から借りて、開かないまま返したという経験があり、今回が初読。
 解説によると、元々の短編集が発表されたのが1935年。その時は「古写本の呪い」から「最後の取引」が含まれていて、そこに1944年から1951年にそれぞれ発表された「消えたスター」から「危険なタリスマン」、さらには未発表作品「フィッシュストーリー」を収録したのが今回の完全版ということになるみたいですね。

 1935年というと太平洋戦争以前、少しずつ不穏の影は近づいているのかもしれませんが、まだ優雅な社交界が存在しているという感じ。特に旧短編集に収録されていた作品は陰惨な事件もありながら、どこか古き良き時代のハリウッドの映画のような香りを漂わせています。

 探偵役を務めるタラント氏と語り手であるジェリーの関係はいわゆるホームズとワトソン。当時としてはやはりホームズの構成はテンプレートの一つなんでしょうね。ただ、タラント氏はホームズのような天才肌ではなく、事件の糸筋を見つけるのに悩むこともしばしば、時に完全な推理を警察に提示できなかった事によって新たな被害者を出してしまった時など自らの力不足を嘆きます。

 またワトソン役のジェリーもけっしてタラント氏を無垢に賞賛するほど優しい人柄ではなく、時に好き嫌いをはっきり見せる場面もあり人間臭さを存分に見せてくれます。タラント氏にたいしても、ヒーロー的な感情もあるんでしょうが、それ以上に信頼すべき無二の親友というのが近いのかもしれません。

 この二人だけでなく、ジェリーの妻であるヴァレリーや妹であるメアリ、さらにはタラントの給仕兼執事にしてスパイという不思議な設定の日本人カトー(片言の日本語が当時の日本、あるいはアジアに対するイメージが垣間見えます)など、レギュラー陣の関係性も作品のスパイスとして効いています。
 それがあるからこそ旧短編集の掉尾を飾る「最後の取引」でみせるタラントの行動とそれを見届けるジェリー達の様々な思いが、まるでハリウッドのロマンス映画のように読み手の心に染み渡ってきます。

 そんな旧短編集と、新たに追加された4編を較べると、太平洋戦争を挟んだ時代背景が作品にも影響してきているように感じました。旧短編集に収録されたどこか鷹揚とした空気は影を潜めています。さらに執事役が日本人のカトーからフィリピン人のブリヒドーに変わっているのも、作中では普通の説明がしてあるものの、太平洋戦争で日米が敵対国になったのも影響があるのかもしれません。

 また、収録作品によっての出来不出来、特に旧短編集部分と追加された部分の差が大きく、未発表原稿の「フィッシュストーリー」は別にしても、キャラ設定のぶれであったり、超常現象的な謎とそれに対する論理的反証とのバランスが悪いのは否めません。旧短編集がシリーズとして綺麗に完結していることを考えると、あくまでオマケとして捉えるぐらいがガッカリしないかもしれません。

 旧短編集は、エラリー・クイーンが「黄金時代におけるもっとも想像力に富んだ短編集」と評していますが、今の水準から見るとミステリ部分についてはやや古めかしく感じる点も多く、その部分を期待して読むと少々肩透かしを食うと思います。ただ個々のエピソードの中には今でも形を変えて使われてる物もあるし、時代性を考慮すれば、クイーンの絶賛は間違いでは無いのかもしれません。

 ミステリとして過剰な期待は出来ないですが、時代背景や書かれた年代を意識しながら読むと、古き良き時代のミステリとして楽しめると思います。


「古写本の呪い」
 密室状態の部屋から古写本が消失するという謎だけれども、本の消失より、密室の部屋から忽然と姿をあらわすタラント氏の方が怪しい。本の呪いを巡る賭けだったり、タラント氏の日本人執事の片言の語り口調が発表当時の時代を感じるなぁ。

「現れる幽霊」
 誰も居ないはずなのに聞こえる足音、暗闇から突き飛ばされるヒロイン。最初に想像していたのとは違ったけれども、意外かといわれると、なにせ登場人物が少ないのでそうでもない。
 事件の謎も含めてサスペンスというよりスリラーという言葉が似合うかも。

「釘と鎮魂曲
 密室の中でおきた殺人。犯人はいかに密室から消え去ったのか。三篇目にしてトリック的に目をひくものがやっと出て来た。知ってしまえば想像はつくトリックだけれども、それにしても大胆過ぎるトリックでちょっと面白い。読者にも推理できるように証拠も散りばめられているのもミステリとして上質。

「第四の拷問」
 そのボートに乗ると必ず不可思議な死を遂げるという恐怖のボート。このじテンで設定がすでに古めかしいB級ホラー映画を想像させますが、真相もまたB級テイスト。ほんとに「底抜け超大作」にピックアップされてもおかしくないぞ、これ^^;;

「首無しの恐怖」
 田舎町で連続する首無し殺人。魅力的な謎と真相の落差は相変わらずだけれども、天才型ではないタラント氏の悩む姿は魅力的だし、前の短編でお休みだったカトーが登場するといい味だしますね。「可能性が一つだけなら、それはかならず正解なんですよ」という台詞は至言。

「消えた竪琴」
 名家に伝わる竪琴は消失と出現を繰り返す。ストーリーはシンプルだけれども、明らかになるトリックには驚かされる。在るのに見えないという古典的な方法が絶妙で、それに対するヒントもことごとく散りばめられている。
 事件を解決するためにタラント氏がとった行動は、ホームズを彷彿させる。事件の幕引きの仕方はこの時代であればこそ許されるものだろうか。

「三つ目が通る」
 賑わうレストランで起きた殺人事件。トリックは他の作品に比べると数段落ちる気がするし、分量が少ないこともあり、今ひとつ作品に乗り切れない。ある登場人物の行動も含めて、次の最終話への布石的な役割の作品とみるのがいいのかもしれない。

「最後の取引」
 本作の語り手であるジェリーの妹が原因不明の全身麻痺に陥り、命の危険が迫る。医師すら見放す状況に苦悩するタラント達の前に現れた男は想像を絶する真実を語る。
 これまでの短編で垣間見えていたミステリの論理を越えた部分が一気に噴出してくる展開。冒頭で予告されているとはいえ、あまりの展開に呆然としてしまう。全てが解決するわけではないラストだけれども、ちょっぴりほろ苦さが残る余韻を感じれるのは、シリーズとして登場人物の個性が確立されているからだろうか。

「消えたスター」
 見張りのいた密室状態の部屋から消えた女優の謎。謎が明らかになった時、伏線が非常に張り巡らされていた事に気付くのは「釘と鎮魂曲」や「消えた竪琴」に通じると思う。ただ、最後のところで密室の鍵の問題がややおざなりにされたのは勿体無いかなと思う。

「邪悪な発明家」
 殺人の被害者も容疑者も発明家だけれども、その発明品が珍品過ぎて本当に役に立つのかは謎。事件を通じて見せるタラントらしからぬ言動や、クライマックスに登場するアレといい、ホームズのパスティーシュのような印象を感じさせる。

「危険なタリスマン」
 エジプトで発見された古代の遺物は、それを開けようとするものに死をもたらす。これまでの作品でもあった古代の呪いを彷彿させる謎解きだけれども、それまでの短編に較べると謎解きの部分とのバランスがよくないかなあ。。

「フィッシュストーリー」
 シリーズ全編の語り手であるジェリーが容疑者になった殺人事件。あまりに短くなんだかよく分からないまま終わってしまった印象。解説で発見されたボツ原稿ということなので、なるほどと思う。



採点  ☆3.4