『遠縁の女』(☆3.4)  著者:青山文平

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『機織る武家』血の繋がらない三人が身を寄せ合う、二十俵二人扶持の武家一家。生活のため、後妻の縫は機織りを再開する。『沼尻新田』新田開発を持ちかけられ当惑する三十二歳当主。実地検分に訪れた現地のクロマツ林で、美しい女に出会う。『遠縁の女』寛政の世、浮世離れした剣の修行に出た武家。五年ぶりに帰国した彼を待っていたのは、女の仕掛ける謎―。直木賞受賞作「つまをめとらば」に続く清冽な世界。傑作武家小説集。

Amazonより


『機織る武家

・入婿の夫とその義母、そして後妻。三人の血の繋がらない者同士が暮らす武家一家の生活は苦しく、後妻の縫は特技の機織りで生計を立てようとする。

 血の繋がらない三人を結びつけているのは、武家という家の形。家への思いは人それぞれである。帰る家を失っている後妻の縫は追い出される訳にはいかず、入婿である夫の由人も三男坊として生まれた生家に居場所はもう無い。姑の久代もまた、亡き夫と共に武家の家を支えた誇りにすがり、生活に困っても親戚の援助を断る。
 現代ではなく武士の時代だからこそ成立する設定なのかもしれないけれど、ある種の歪な共存関係という意味では現代の家族にも繋がる所があるのかもしれない。
 物語の後半、三人を取り巻く状況は大きく変わり、それまで彼女らを縛っていた家というものから解放される機会が訪れる。縫もまたかつて自分を束縛していた秘密と向き合う事により、改めて家族という形を見つめ直す。結局人は束縛から逃げようとして、新たな束縛を求める、それが生きるという事かもしれない、と思った。


『沼尻新田』

・困窮する藩財政の為、知行召し上げの代わりに新田開発を打診された柴山家。開発に反対する考えを持つ息子は、賛成派の父を説得するために、まずは現地を視察に向かう。

 物語の筋としては、新田開発の裏にある、父と息子、それぞれの秘めた思いが描かれている。但し、秘密と言っても父の抱えている秘密は最後まで明らかにならないし、息子の秘密もまたささやかな物である。
 むしろ一つぐらい秘密を抱えたままでも、人は行きていくことは出来るし、筋を通すことも出来る。たとえ目的が違っても過程が一緒ならば共に頑張る事もできる。お互いにどう思っているかなんて、意外と分からないものだ。


『遠縁の女』

・父の命で、時代錯誤ともいえる武者修行に出た隆明。その修業が終わりを迎えようとした時に届いた父急死の知らせ。急ぎ国元へ戻った隆明は、そこでかつての盟友の死を知る事になる。

 なぜ父は息子を剣術修行に行かせたのか、かつての友は何故愚かな道を歩むことになったのか、友の死には彼の妻となった隆明の遠縁の女が関係しているのか。収録作の中では最もミステリ仕立ての一編(だからこそこのミスにランクインしてるんだと思いますが)、それらの謎が終盤で一つになった時にあらわれる真実。死を選ばざるを得なかった男達、その死を見送るしか無かった女たち、そこには人が持つ人間らしさ愚かさが滲み出ている。真実を知った時に隆明が選んだ道にも人としての葛藤を感じさせ、ほろ苦い余韻が残る。収録作の中では一番優れていたように思う。


 3編それぞれとも、主人公の住まう家は武士として食べていくにはギリギリの家格である。時代は武力から文治へと変わっていく中で、その時代の変化とともに変わっていこうとする子供世代と、変化の必要を感じながらも変わることに戸惑う親世代の葛藤が並立して描かれている。
 ただ、古いものを単純に否定しがちな現在の若者世代に比べ、小説内の子供世代は古い親世代への経緯もまた感じさせる。その根底にあるのは家族が「武家」という家格のなかでの共存関係にあり、その家格を守ってきたのは古いと言われる親世代であることを理解しているからのように思える。

 変わるか、変わらざるかという逃れられぬ選択の真っ只中にある家族の姿、家という縛りから逃れて家族という形が成立するのかという問題は、家を構成する家族の形ですら曖昧になっている現代とは対極の世界にようにも思わされ、いろいろと考えさせられる短編集だったと思う。




採点  ☆3.4