『星の子』(☆4.5)  著者:今村夏子

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主人公・林ちひろは中学3年生。
出生直後から病弱だったちひろを救いたい一心で、
両親は「あやしい宗教」にのめり込んでいき、
その信仰は少しずつ家族を崩壊させていく。
前作『あひる』が芥川賞候補となった著者の新たなる代表作。

Amazonより

「あひる」同様、どこかズレた家族の日常を淡々と描きながら、読み終わった時なんとも表現しがたい感覚にさせてくれる。

 語り手である娘のちひろが小さい頃、どうしても治らなかったアトピーの様な症状を治してくれた不思議な水。それをきっかけに新興宗教にハマっていく両親。

「あひる」では、間接的に描かれていたどこか歪んで見える感覚の問題について、この小説では新興宗教というキーワードが最初から提示してある。しかし、主人公達が信仰する新興宗教の実態について小説では深く掘り下げてる事は無い。あくまで小説の主体は家族の物語だからだと思う。

娘の体を危惧し、そのなかで「奇跡」を目撃した両親にとって、その価値観を否定される事は、今のちひろの存在を否定される事と同じなのかもしれない。母の弟である雄三が彼らの信仰を否定した時にみせた過剰な反応はそういう事ではないだろうか。
 一方でちひろの姉・まさみもまた宗教とそれを信仰する両親に否定的は態度を取るが、雄三に対してみせた反応とは違い、戸惑いながらも拒絶しようとはしない。それは両親にとってちひろ同様にまさみもまた信仰と同等に大切なものだからだろう。

 一方で「奇跡」の当事者であるちひろにとっての信仰は、両親とは違うような気がする。ちひろにとって信仰は、生活の中で普通に存在するもの、習慣的なものといった方がいいかもしれない。もちろんその事についてマインド・コントロール下にあるといえるかもしれないけれど、彼女にとって信仰は普通に存在するがゆえに違和感を持つこと無く育つ。ちひろにとって信仰という日常を否定されることの方が不思議なのだ。

 普通の日常の中の一つに信仰があるだけのちひろは、他の部分については同級生たちと変わらない。友達と喋ることもあれば、先生に憧れたり同年代の男の子にも恋をする、普通の女の子だ。作中、両親の進行により金銭的に苦しくなっていることを窺わせる描写もあるけれど、それすら彼女にとって普通の生活を送っている結果なので、必要以上に考えることもしない。
 そういう意味では、作中両親の信仰のせいで引きこもりに近い状態になった別の少年が登場するが、彼にとっては信仰を束縛と感じ、無言の抵抗を続け歪んだ感覚を持っているのとは対照的だ。

 そんなちひろにとって、終盤はじめて信仰という日常が揺らぐ場面が描かれる。その場面においても信仰そのものに疑問を持つというよりも、思春期の親への嫌悪感の発露、あくまでも大なり小なり成長の過程でおきる感情に近いと思った。だからこそ、ちひろの信仰を否定する側の人間の方が、一方的すぎて嫌な人間に見えてしまう。

 ラストの場面、両親とちひろがいったいどういう選択をしたのか、はっきりとは描かれていない。ただ、彼らの選択がどちらだったにせよ、そこにあるのは信仰ではなく親と子の愛情の繋がり、愛情のかたちが存在するのだと思う。

 新興宗教という特殊な背景を用意しながら、普遍的に親子の愛のかたちを描き、そしてラストシーンで読み手に様々な解釈を迫る。
 いやはや毎回毎回考えさせる作品を用意してくれる、注目すべき作家だと思う。
 

||採点||  ☆4.5||