『彼女がその名を知らない鳥たち』(☆4.4) 著者:沼田まほかる

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八年前に別れた黒崎を忘れられない十和子は、淋しさから十五歳上の男・陣治と暮らし始める。下品で、貧相で、地位もお金もない陣治。彼を激しく嫌悪しながらも離れられない十和子。そんな二人の暮らしを刑事の訪問が脅かす。「黒崎が行方不明だ」と知らされた十和子は、陣治が黒崎を殺したのではないかと疑い始めるが…。衝撃の長編ミステリ。

Amazonより

 沼田さんの作品は「ユリゴコロ」につづいて2作目。イヤミスの名手らしい、実にどーんときます。八年前に別れた恋人が忘れられず、パラサイトな生活をしながらも一緒に暮らす陣治に当たり散らすヒロインの十和子。

 物語はその十和子の視点で語られていくけれど、まず基本的に彼女に感情移入出来る人はなかなかいないのでは。自分では働かずただただ陣治の稼ぎで暮らしてるにも関わらず、陣治にひたすらキツい言葉を吐きまくる。黒崎と比較しつづけるところも、男の側としてはかなりムカつく。

 確かにまぁ、彼女が暮らす陣治も生理的にきついです。ご飯を食べる姿、空気を読まない滑稽さ、粘着質な言動などなど。とにかく女性が生理的に嫌いそうな要素がこれでもかと詰め込まれてて、よくまぁ一緒に暮らしてるな~と思わなくはないです。そんなドヨーンした日常生活が、これでもかと言うぐらいこってりと描かれているので、読みながらかなりお腹いっぱい。

 さらには元カレの黒崎も十和子を利用するだけ利用してバッサリだし、時計の修理で偶然出会うことになった百貨店の営業・水島もしかり。ふたりとも見栄えはともかく、その中身はというと、という存在。第三者の読者としてはいかにも胡散臭い、もしかたら十和子自身もそれを感じてるのかもしれないけど、自分自身の感情の赴くままに行動しているようにみえる。

 そんな不均衡なバランスの十和子と陣治の生活が小説の中盤まで続いていく。その間いわゆる推理小説的な事件が起こることはないけれど、あまりに自己中な十和子の言動とストーカーなのかなんなのか正体が見えない陣治の不気味さもあり、いつかとんでもない事が起こるんじゃないかという思いが湧いてきます。

 そして物語は、黒崎が数年前から行方不明になっている事を十和子が知った事で動き始めます。黒崎の失踪に死の影を感じる、それをもたらしたのは陣治ではないかと疑う十和子。ここでも十和子は積極的に陣治を問い詰めることが出来ない。それは陣治に対する恐怖心なのかそれとも黒崎が死んでしまっているのではないかという事への怖れなのか。そんな十和子が現実逃避するかのように不倫を重ねる水島にもまた、彼の生活を脅かす存在が見え隠れします。

 物語の前半からあった不均衡さは後半の黒崎失踪という事柄を経て、クライマックスまで一気に加速します。クライマックスである種常軌を逸し始めた十和子と陣治の行動の、隠された理由が明らかになります。この理由については勘の良い読者は予想できるかもしれませんが、だからといって二人の行動の歪さが解消されるわけでもなく、そしてラストシーンにおいて読者は物語から突き放されるような光景を見ることになります。それまで共感できなかった二人の行動について、その歪さを理解できる所まで物語がおりてきてくれたにも関わらず、呆然とするほかありませんでした。

 主要登場人物だけでなく、それらを取り巻く人々もまたどこか拒否感を覚える人ばかり。その行動はサイテーだと思いつつ、自分はそんなことをしないとも言い切れないだけの人間の感情としてのリアリティは、読み終えたときに爽快さゼロの不愉快さを遺します。けっして面白いと万人に勧めることは出来ないけれど、それでも読みたいという人がいたら是非読んでもらいたい作品だと思う。

 最後に。現在公開中(平成29年秋)の映画のキャスト、十和子に蒼井優、陣治に阿部サダヲ、黒崎に竹野内豊、水島に松坂桃李ってもうキャストが絶妙すぎ。まだ予告編しかみていないけれど、読みながらついつい脳内補完してしまいました。
 

採点  ☆4.4