『挫折を経て、猫は丸くなった』(☆4.0)  編集:天久聖一

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一瞬で読めて、無限に広がる416の物語。「彼女の?茲を、マウスカーソルで撫でた」「白ブリーフの落とし主は永遠に見つからない」「ヒーローたちの利害は複雑に絡み合っていた」「担任に好かれている吉田と、ただの吉田がいた」――提示されるのは冒頭だけ。続きは読み手のイマジネーション次第の自由な文学、「書き出し小説」。416本の異なるストーリーがあなたを魅了する!

Amazonより

 「書き出しだけで成立した極めて短い文芸スタイル」である書き出し小説を集めた、短編集(?)である。

 アメトークで紹介されたこの本を読むまで、こういうスタイルはあまり縁が無かったけれど、読んでみるとかなり面白い。たった一文であるけれども、その先にどんな物語が広がっていくのか、とにかくイマジネーションをかきたててくれる。

 小説において冒頭の一文だけは知っている、あるいは聞いたことがあるということはすごく多いと思う。「春は曙~」(枕草子)、「今は昔、竹取の翁といふものありけり」(竹取物語)、祇園精舎の鐘の声」(平家物語)、「吾輩は猫である。名前はまだない」(吾輩は猫である)、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」(雪國)などなど。。

 翻って、最後の一文だけは知っている、印象に残っているという話はあまり聞かない。もちろん最後の一文というとネタバレになってしまう事もあるだろうし、そもそも冒頭の一文は受験勉強などで無理やり覚えさせられて記憶に残っているから、という理由もあると思う。(個人的に最後の一文が印象に残っている荻原浩『噂』や乾くるみの『イニシエーション・ラブ』もその理由によって書き出すことが出来なかったりする。)だから簡単に比べるものでもない。

 それでも、あえてそれ以外の違いを考えるなら、やはり想像力がキーワードになるのだろう。冒頭の一文はこれから始まる未知の物語への案内状であるのに対し、最後の一文は物語を締めくくるものであり、その先を考えることは少ない(もちろん例外は星の数ほどあるけれど)。

 願わくば、冒頭の一文の先には、作者が用意した物語以外の物語を想像させる力を持っていて欲しい。それがその先にどんな物語が待っているんだろうと読書欲をかき立ててくれるから。
 今回収録されている書き出し小説は416編、その先には数え切れないであろう数の物語が待っている。そう考えると非常に贅沢な本なのかもしれない。

以下、印象に残った書き出しを紹介する。

(自由課題)
・僕の天使はいつも瓦屋根を踏み抜いて落ちてくる。
いったい、この語り手のところには何回天使が落ちてきているんだ。ちょっと羨ましいぞ。

・上陸した猫は、各地に深い爪痕を残していた。
ここで言う猫は愛すべき存在の猫なのか、それともキングボンビーのような猫なのか・・・。

・私を置いてどこにも行かない男は、私を連れてどこにも行かない男であった。
たった一行の書き出しなのに、二人の関係を想像させてくれる技巧の一品。

・「お父さん、そこ、ロケットの発射台!その直後、父は種子島の空高く舞い上がった。
あまりに不条理な書き出しにも関わらず、思わずクスッとする。題材と言葉選びの勝利だなぁ。

・ボブの合気道は、結局力で投げている。
あるあると思わず頷いてしまう。小説というよりは大喜利のような感じもするけれど。

・裸族がそう言うことで、逆に説得力が増した。
いったい、裸族は何を語ったのか。すごく気になる・・・。

(お題「傷」)
・友達カップルと三人で花火に行ったことがある。
どうということのない書き出しだけれど、お題と併せて考えると、妙に切ない感じがする。

(お題「虫」)
・自分の名前を「キャー!』だと思っていた。
この語り手はヤツなのか、絶対そうだろう!!

(お題「歴史人物(国内編)」)
・もう米のことなどどうでもいい平八郎だった。
歴史を知らないとあれだが、知っているとこの一文の切なさが伝わってくる。まさに心の叫びだ。
(お題「歴史人物(海外編)」)
ガンジーが生涯でただ一人殴った男の話をしよう
これは気になる。ガンジーという題材を選ぶことにより、読みたくなる冒頭の一文になっている。
(お題「不倫」)
・ハイウェイを逃走する親父と愛人を、上空からお袋が狙う。
その時は息子は何処に・・・。なぜかブラピとアンジーが頭に浮かんだ・・・。
 


採点  ☆4.0