『ブラウン神父の知恵』(☆3.5)  著者:G・K・チェスタートン

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 逆説の論理の魔術師チェスタトンを代表する名シリーズの第二集。
 トリックの凄みでは、名作揃いの巨匠チェスタトン作品のなかでもトップクラスに位置する「通路の人影」、仮装舞踏会を舞台に神父の心理試験反対論を織りまぜた「機械のあやまち」など、いずれ劣らぬ名作12編を収録。
 とても名探偵とは思えない外見のブラウン神父が明かす奇妙な事件の真相は、読む者の度肝を抜く!

Amazonより

 ブラウン神父短編集第2集。個人的な印象としては、第1集に比べ、ミステリ的な構造は控えめになり、シリーズの特徴である哲学的ともいえる部分がより前面に出てきていると思う。

 神父の逆説的な論理の展開は、事件を解決する為というよりも、事件そのものを解体し再構築する為に披露されている印象だし、事件の構造よりもその事件を生み出す事象にその視点が向いていると思う。そういう意味ではストーリーそのものを楽しむ人にとっては少し物足りなく感じる可能性はあると思う。

 また訳文に関しても、新訳というわけではないのでやや古めかしさを感じる。読みながら場面のイメージが捉えにくかったり、あるいは繰り返し読んでも意味を自分が理解できてないのではないだろうか、と思う所がいくつかあり、個人的には少し読みづらかった。そういった意味では別の翻訳と読み比べしてみると面白いのかもしれない。

以下、収録作の寸評。

『グラス氏の失踪』
・とある街でおきた密室からの人間消失事件。現場に駆けつけた犯罪学者の推理に対して、ブラウン神父は・・・。

 序盤、神父にある一家の事を相談された学者の答えが失踪事件の暗喩になっている。犯罪学者という設定そのものが、事件を「頭で」推理する象徴的な存在となっていて、ある意味ミステリにおける探偵へのアンチテーゼとも読める。最後に明らかにされる劇中のある台詞の意味についてはクスリとしてしまった。


『泥棒天国』
ドンファンに憧れるムスカリは想いをよせる女性一家との山越えの最中、山賊に囲まれてしまう。

 物語の展開を先読みするのは難しいかもしれないけど、読み終わってみると悲喜劇的な伏線はきちんと描かれているなあ、と気付く。最後の一行にもなったタイトルの「泥棒天国」の意味がピンとこなかったのは、自分の知識不足なんだろうか。


『イルシュ博士の決闘』
・科学者であるイルシュ博士に持ち上がった機密漏洩疑惑を巡って、博士は一人の愛国者と決闘する事となるが・・。

 表面上は幼稚な思い込みとも言える愛国者の言動が印象に残る。愛国者の煽動に民衆が同調していく姿は、現在のマスメディアとインターネットの関係に近いのかもしれない。思い込みが引き起こす無自覚的な集団による個人攻撃は、集団における罪悪感の喪失に繋がっており、この批評性はいかにもチェスタートンらしいといえるかも。真相でみられるある種の強烈な自己顕示欲もまた、想像すら飛躍させる人間という存在の闇を伺わせる。


『通路の人影』
・とある劇場の楽屋付近で一人の女性が殺される。たまたま事件に居合わせたブラウン神父は、目撃された人影の正体をどう暴くのか。

 ストーリーそのものは収録作の中では王道のミステリ寄りな作品だと思う。一方で
曖昧な目撃証言が殆どという中で、検察の証明とブラウン神父の反証がそれぞれ不確定要素に寄っているという事で、一筋縄ではいかないことになっている。
 普通のミステリとしてみれば不確定要素の積み重ねである論証に弱さを感じるが、作品そのものが不確定要素と先入観に比重が置かれているだけでに、着地点そのものがミステリへのアンチテーゼとしても読めるのかと思う。


『機械のあやまち』
・新しい精神鑑定法の是非を巡りフラウボウと意見を交わすブラウン神父が語る、過去の事件の真相とは。

 現代で言うところの嘘発見器の有効性がテーマの一つになっている。神父は否定的な立場を取っているが、その理由についてなるほど、と納得させられる。嘘発見器についての神父の指摘は現在においても、冤罪を生み出す一つの要素となる可能性のあるものだし、普遍的なテーマなのかもしれない。ユーモアに溢れる物語の結末は収録作の中でも後味の良さが際立っていると思う。


『シーザーの頭』
ネコババした古いコインを巡る奇妙な恐喝事件。

 物語の着地点としてはだいたいの読者の想像通りだろうなと思う。その中で印象に残るのは、恐喝を起こす理由を巡る理論の展開。例で示された大酒飲みを脅すための逆説的なアプローチともいえる理論は
まさにコロンブスの卵的な発想だと思う。


『紫の鬘』
・「エアーの悪魔の耳」という遺伝的に片耳が巨大な当主が生まれるという一族と、それを隠すための鬘を巡る物語。

 他の短編もそうだけれども、この短編も人の先入観を巡る物語。何故鬘を被るのか、という理由は今でこそ珍しくなくなった展開であると思うが、当時としては斬新な発想ではなかったのか、と思うし、犯罪そのものが主役のような作品になっている。


『ペンドラゴン一族の滅亡』
・かつて先祖が殺したスペイン人の呪いを受けていると言われる一族に、再び呪いが降りかかるのか。

 「紫の鬘」と同様に、土地に伝わる民間伝承をベースにした物語。どこかチグハグな登場人物の行動が終盤でしっかりとした意味を持ってくる。伝承部分の真偽を暴く面白さよりも、その民間伝承が生まれる理由に薀蓄を感じるし、作品そのものにもしっかり味わいを持たせている。


『銅鑼の神』
・寂れた観光地のホテルで、謎の襲撃を受けたブラウン神父達。その理由は一体・・。

 表面上に見えるもの、想像することに対して逆説的な推理により世界を反転させる、いかにもこのシリーズらしい短編。物語の核ともいえる、犯人が人を殺すための環境に関する考察だけでも面白いが、ラストの犯人が取ったと思える行動にもシリーズらしさが出ている。


『クレイ博士のサラダ』
・不審な物音に気付き立ち寄った邸宅で語られる呪いに纏わる物語。果たして本当に呪いは存在するのか。

 呪い一つ一つに、その真実について考察し解体していく。その後に残った人間の欲望については実にシンプルな動機だったりする。解体する過程で語られる推理は、事柄に直接的な意味をもたせるので、結果として収録作の中ではミステリ的な展開が目立つタイプの作品かなと思う。その分、ややシリーズとしての魅力に欠けるのではないかと思う。


ジョン・ブルノアの珍犯罪』
・一人の女性を巡り複雑な関係を持つ二人の男。彼らはある事件において、一人は被害者、一人は容疑者となるが・・。

 物語の展開も動機であろうものも序盤から描かれているものの、実はその形を維持しつつ逆説的な真相を浮かび上がらせていく。現代では様々なバリエーションを生み出しているパターンだけれど、今読んでも短編という長さの中で余すことなく描いており、地味ながら完成度は高い作品だと思う。ラストの神父の言葉もエッジが効いている。


『ブラウン神父のお伽噺』
・フラウボウが語る一人の男の死。存在するはずのない凶器で撃たれた男の死に、ブラウン神父はどんな解決をつけるのか。

 全ては空想の物語であるけれど、存在しない凶器を巡る推理の展開はシリーズらしい物語である。特に二つの銃痕から物語にもっともらしい結末を付けてしまう推理、そしてそこからさらに踏み込んで物語の人物の心理にまで空想を膨らませてしまう。収録作の中でも読みやすさは案外これが一番かも・・・。


個人的には「グラス氏の失踪」「機械のあやまち」「ジョン・ブルノアの珍犯罪」あたりが好きでした。



採点  ☆3.5