『比ぶ者なき』(☆4.2)  著者:馳星周

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 時は七世紀末。先の大王から疎まれ、不遇の時を過ごした藤原不比等。彼の胸には、畏しき野望が秘められていた。
それは、「日本書紀」という名の神話を創り上げ、天皇を神にすること。そして自らも神となることで、藤原家に永遠の繁栄をもたらすことであった。

万世一系天孫降臨聖徳太子――すべてはこの男がつくり出した。
古代史に隠された闇を抉り出す、著者初の歴史小説にして会心作!

Amazonより

 ハードボイルド作家馳星周初の歴史小説。ただ、今までの馳作品は『不夜城』を初め一冊も読んでいないので、文章的な事はよくわからないですが、やっぱり挑戦だと思います。

 主人公は藤原比(不比等)、学校の日本史では絶対出てくる、大宝律令を作った人(私の頃は 
701年 おないい国に大宝律令だったかな・・・)ですけど、歴史好きじゃ無いと忘れられてる可能性が高いかも。もう少し言うと、中大兄皇子中臣鎌足が朝廷を牛耳っていた蘇我氏を滅ぼした大化の改新。その鎌足の息子が比。
 舞台のなる時代は、大化の改新天智天皇中大兄皇子)、そしてその弟である天武天皇大海人皇子)が世を去り、その後継を巡って、天皇家・取り巻きの貴族・皇族たちが暗躍している頃。

 比が仕えていたのは、天武天皇と?贅野讃良(持統天皇)の間に生まれた草壁皇子天武天皇の後継者として有力視されていた草壁皇子だが、天皇の座に就く事無く逝去する。?贅野讃良は草壁皇子の子、軽皇子を後継に据えるため、草壁皇子の異母兄・大津皇子を罠に嵌め死に追いやる。天智天皇派の中臣鎌足の子として生まれた比は、天智天皇死後その弟天武天皇皇位についた為不遇を囲っており、その復権を狙うため、?贅野讃良に協力する。

 とにかく比と?贅野讃良がそれぞれの野望に賭ける思いが熱い。?贅野讃良はその野望のために人を死に追いやる事を厭わず、危険分子となりうる比と組む事すら厭わない。比もまた、藤原氏復権の為に、娘ですら政略の材料とし、時には天皇家すらその駒にする事を躊躇しない。彼の本当の姿を理解しうるのは、軽皇子の付き人であり、後に不比等の妻となる県犬養三千代だけである。二人の駆け引きは、さすがの?贅野讃良も、比の黒さには勝てない。

 それにしても比の黒幕、フィクサーっぷりは、昭和史を彩る名だたるフィクサー達、田中角栄やら金丸信笹川良一児玉誉士夫などの大物すら及ばない。何しろ自らの血脈(決して藤原一族ではない)を栄華に導くために、歴史すら塗り替えようとする。父から子への継承が正統であること(それまでは兄弟間の継承もよく見られていた)、天皇の権力が唯一絶対であることを歴史の事実にするために、『日本書紀』を作ってしまう。天皇家の始祖たる天照大神すら、自らの望む歴史を作るために選び出された偽りの始祖なのだ。そして、天皇家の権力を示すために邪魔となる蘇我馬子の功績を消し去る為に、聖徳太子という存在を作り出す。太子の物とされる書物の問題点(当時の時代では使われていなかった敬称が使われていたなど)など、実際の歴史研究家の間でも取り上げられている説を作品に取り込んでいく事によって、「比ぶ者無き」存在としての比の存在感が強烈に増す。

 比の権力への野望の根っこになるのは飢えだという。己の本来いる場所にいたいという飢え、永久の映画を我が子孫にもたらしたいという飢え、そして天皇家を乗っ取るという飢え・・・自らを滅ぼしかねないその飢えを恐れず戦いに身を投じる強さ。
 彼が目指す権力の理想像、「藤原家が天皇家の一部ではなく、天皇家が藤原家の一部」という強烈な思想。この作品の不比等の姿はまさにハードボイルドな男の生き様そのものだと思う。

 物語のラストで、続編を伺わせるような終わり方をしているけど、続くとしたら不比等の子達と長屋王の戦いが中心になるのかぁ。。。



採点  ☆4.2