『半席』(☆4.0)  著者:青山文平

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 御家人から旗本に身上がるべく、目の前の仕事に励む若き徒目付の片岡直人。だが上役から振られたのは、腑に落ちぬ事件にひそむ「真の動機」を探り当てる御用だった。職務に精勤していた老侍が、なぜ刃傷沙汰を起こしたのか。歴とした家筋の侍が堪えきれなかった積年の思いとは…。
 折れた心の真相を直人が見抜くとき、男たちの「人生始末」が鮮明に照らし出される。正統派時代小説の名品連作。


Amazonより

 『約定』につづいての青山作品。2017このミス4位、本格ミステリ14位。いきなり、『約定』にも収録された「半席」から始まるのに戸惑ったけれども、徒目付片岡直人の視点から描いた短編集だったのね。確かに「半席」を読んだ時に、直人とその上司である内藤雅之の関係性はよく出来てるなぁ、と思ったので納得です。

 この短編集の肝はフーダニットでは無くホワイダニット
 直人の役職である徒目付。ウィキペディアには「江戸幕府の場合は交代で江戸城内の宿直を行った他、大名の江戸城登城の際の監察、幕府役人や江戸市中における内偵などの隠密活動にも従事した。」となっている。徒目付としの自分考え方について、直人は「見抜く者」でこう語っている。

ー 直人が頼まれ御用で求められたのは、なぜその事件が起きねばならなかったのかを解き明かすことだった。評定所にしても、御番所にしても、罪科を定め、刑罰を執行するための要件に、なぜは入っていない。手続きを前へ進めるための要件は自白のみだ。けれど、仕法はそうであったとしても、たとえば肉親を事件で失った者であれば、最も知りたいのは命を落とさねばならなかった理由であろう。なぜ、命を奪われなければならなかったのか、であろう。だから、頼む者がいて、頼まれる者がいる。 ー

 この設定を存分に活かすには、江戸中後期という時代設定がぴったりである。自分の面子、価値観、尊厳としての刃傷が一つの形として認められる(とはいっても当時でも犯罪は犯罪だけれども)からこそ、時として刃傷の犯人は自分の姿を隠そうとはしない。隠すのは己の心の中だけ。それが解き明かされたといって、犯人の運命が変わるわけでもない。特に、今回の収録作は『約定』に比べて、武士という枠を越えて、人としての思いが強く描かれている。理屈ではない心の揺らぎは、時代設定の妙もあり、現代劇では出来ない重みを作り出している。
 何故を解き明かす為に動くの直人の成長もまた、作品を読む上での楽しみなのかもしれない。短編という枠ながら、人の機微を静謐に浮かび上がらせる手腕は、『約定』よりさらに完成度を高めてると思う。




真桑瓜
 「白傘会」という老人家来衆の集まりで起きた、87歳同士の刃傷。普段からの友人同士の二人に何があったのか。
 犯行に及んだ動機もやるせないが、読み終わってみれば運命の歯車が全て悪い方向に働いてしまったなぁ、と悲しくなる。

『六代目中村庄蔵』
 とある武家で起きた、主家の主殺し。下手人と主家一家はお互いに強い絆で結ばれていたように見えたが、一体何故事件は起こってしまったのか。
 「真桑瓜」が運命の歯車なら、この作品はたったひとつの悪意のない掛け違い。それまでの関係性があったからこそ起きてしまった事件。タイトルにも掛るラストでの雅之の言葉がなんとも皮肉めいて切ない。

『蓼を喰う』
 刃傷事件の犯人と被害者。接点が見つからない二人の間で何故刃傷事件が起きたのか。
 分量も少なく、その中で事件を直接描いてる部分も少ない。ただそこに至るまでの日常の描写がきちんと物語に活きている。

『見抜く者』
 高名な剣士を襲ったのは、手練ながら高齢の剣士だった。なぜ老剣士はその年になって無謀な戦いを挑んだのか。
 これまで様々な事件と向き合ってきた直人が、今一度徒目付としの自分を振り返り、そしてその覚悟を問われる物語。直人の成長譚としても重要なピースだけれども、犯人の思わぬ、それでいて覚悟を決めた仕合への思いが強く伝わってくる。『半席』とならんで、本作の白眉だと思う。

『役替え』
「見抜く者」を受けての冒険譚。かつての知人の零落した姿に思わず情けをかけてしまう直人。彼の行動が思わぬ展開を引き起こす。それまでどちらかというと第三者的な立場だった直人が事後の傍観者から当事者へと立場が変わる。その中での直人の心の変化と最後の決断が印象に残る佳品。



採点  ☆4.0