『約定』(☆4・0)  著者:青山文平

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 真剣仕合、藩命、果し合い、介錯。刀が決する人生の岐路を鮮烈に描く武家小説。
 小さな道場を開く浪人が、ふとしたことで介抱することになった行き倒れの痩せ侍。その侍が申し出た奇妙な頼み事と劇的な?莖末を描く「三筋界隈」。果し合いの姿のまま、なぜか独りで切腹した侍の謎を追う「約定」。
 武家としての生き方に縛られながらも、己れの居場所を?拙もうともがき続ける武士の姿を浮き彫りにする本格時代小説。

Amazonより

 松本清張賞でデビュー。大藪春彦賞を受賞、山田風太郎賞候補になり、直木賞を受賞。こうして並べると受賞、候補と濃い(名前だけ)賞歴ですけど、読むのは初めて。

 江戸時代の武士世界を描いて短編集。武士世界を描いた、といっても、時代設定は江戸中期から後期と思われ、すでに時代を動かすのは刀では無く金、豪快な剣戟がある訳でもなく、決して派手な物語は無い。
 ただそこに描かれる武士達は、日々を安穏と過ごすことに不安を感じ、時代の中で自分のあるべき場所を探すキッカケを求めている。それぞれのエピソードにはちょっとした謎もあるが、物語の面白さは、その謎の正体をそのものよりもその謎を作り出した登場人物達の機微にあると思う。物語を覆う霧が晴れた時に見える姿は、なにかにもがき続けた登場人物たちの苦悩であり生き様であり、短編という短い括りの中で、必要と思われる描写以外をほとんど削ぎ落としながら、ここまで豊かに人物を描く技量に作家として力量が見られたと思う。
 普段時代物が苦手な人でも、短編という括りでもあるし、一度手にとって見てはどうだろうか。
『三筋界隈』
冒頭の不遇をかこつ道場主の愚痴から始まり、鰹の大量の話、行き倒れの侍を助けた事で起こる物語の顛末まで、流れるような展開ながら、侍が提案した奇妙な提案の裏に隠された侍としての矜持が心に染みる。

『半席』
吝嗇家として知られ、90を前にして家督を譲らず役職を譲らなかった男が、沙魚釣りの筏からまるで飛び込むように水に落ち死んだ。男の謎の行動の理由は。
死んだ男の飛び込んだ理由も去ることながら、それを取り巻く人物たちの思いが悲しくも切ない。本作の白眉。

『春山入り』
もしかしたらかつての幼馴染と刀を交わす事になるかもしれない。主人公の苦悩を一つの刀を通して描く物語。未来に不安を持ち、不安ゆえに過剰に語る主人公を見守る妻の視線が、春山の風景と重なり優しい。収録作の中では一際温かさが残る佳品。

『乳房』
ある武士の家に養女として入った女性が、望まぬ嫁ぎ先で巻き込まれた事件とは。自分を引き上げた義父への感謝の思いを持ちながら、男を惑わす容姿を持つ葛藤。事件の終わった後に明らかになるもう一つの意外な真実。その意外性と物語の余韻がいい感じで結びつく。

『約定』
果し合いの日に相手が現れること無く、切腹して果てた男。なぜ、相手は現れなかったのか、または切腹した男が果し合いの日を間違えたのか。一つの自死を巡るそれぞれの思いの裏にある思いがなんとも切ない。

『夏の日』
とある村で起きた百姓の刺殺事件。皆から慕われる名主と共に事を探る主人公が辿り着いた真相とは。それぞれの立場や思いが短い小説の中で複雑に絡みながら、悲しい真相にたどり着く。こうなるしかない、だろうなという枠からは外れないが、物語として秀逸。




採点  ☆4.0