『殺す人形』(☆3.4)  著者:ルース・レンデル

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まずはあらすじ。

家族の絆に亀裂を入れたあの女が憎い・・・・・・顔に醜いあざがあるためドリーは人づきあい
を嫌い、母亡き後、父と弟の世話に喜びを見出してきた。が、父親が再婚し、すべてが変わってしまった。継母に罰を与えるため、彼女は弟と共に魔術で呪いをかける。直後、継母に恐ろしい災難がふりかかるが、やがでドリーにも無慈悲な運命の刃が!
 英国推理作家協会賞に五度輝く著者が、異常心理を極限まで追求した傑作サイコ・スリラー。

Amazon用あらすじより

 十六歳の誕生日を間近に控えた冬、パップは悪魔に魂を売った。

 いかにもレンデルらしい始まり・・・といっても一冊しか読んでないので、勝手なイメージ
なんですが、らしいからしくないかはともかくとして、引きこまれる書き出し。

 このパップという人物、本作の主人公であるドリーの弟だが、彼が誕生日に悪魔に魂を売ってまで願った事は、ただの「背が高くなりたい」という事。これだけみると、なんだ大袈裟な、という事になるけれども、読み終わってみるとこれほど端的にストーリーを表現している書き出しは無い事に気付かされる。

 この物語の登場人物はみな何かしら欠落している。そしてのその欠落部分を埋めようとしている。ドリーは顔のあざのせいで、家族以外の人間とほとんど交流を持つことが無い。その欠落を亡き母の代わりをする事で埋めようとしている。パップもまた身長が低いことをきにして、魔術に救いを求める。二人の父親も亡き妻の充足を埋める為・・・というより一人でベッドで寝るのに慣れてないからというとんでもない理由!!で再婚なんかしたりする。でも再婚することによって、ドリーは家族の世話という自分のアイデンティティを充足させてくれるものを失ってしまい、魔術の世界に救済を求めて・・・というなんだかもうという展開だ。

 とにかく登場人物のそれぞれの思い、願望が微妙にズレている。そのズレがどんどん広がっていって後戻りが出来なくなる。その悲劇の頂点にいるのがドリー。決して何かを強く求めて無かった彼女の精神を壊していったのは、傍から見れば些細な日常の変化なのだからやるせない。いくつもの変化、その中の一つでも無かったら、違っていたら、もしかしたらこんな悲劇はおこらなかなかったのかもしれないなぁ。

 そして、ドリー達ヤーマン一家のエピソードと並列で描かれる、ディアミット・ボーンの物語。IRAのテロにより精神障害による極度の強迫観念を持つディアミット。彼もまた自己の喪失とアイデンティティへの他者からの侵食に悩まされている。彼の物語は彼自信の心の闇の深さを表すかのように描かれており、読者はこれが誰の物語なのか少しづつ確信を失ってくるのではないか。

 その揺らぎは本編でも見られる。ドリーの精神が崩壊するにつれ、彼女には本来そこにいるはずのない者の姿、声が見えてくる。それらのエピソードは日常的な風景(ドリーと第三者が共通して見ている風景)の中にすっと挿入される。あまりにも自然に挿入される物語は地の文のもつ第三者的視点を意図的に揺らがせており、読者になんとも居心地の悪い不安感を植え付けてくれる。
 ロウフィールド館のユーニスが文盲ゆえに倫理が欠落してしまった怪物であったのに対し、本作のドリーは本来もっと普通の道を歩めた可能性を持っている。ただ、彼女を取り巻く環境、そしてちょっとした歯車の狂いが彼女が狂気へと駆り立ててしまったように思える。

 通して読むと、ドリーのパートとディアミットのパートの絡みが少し弱く、ラストの為だけの設定になってる気がしないでもないし、全体として物語がやや破綻気味だとは思うのだけれども、それでもグイグイと読者を引っ張るのは、何処までも冷徹な第三者的な視点で物語を描いたレンデルの筆致のなせる技なのだろう。

採点  ☆3.4