『陸王』(☆4.5)  著者:池井戸潤

イメージ 1

まずはあらすじ。

勝利を、信じろ――。
足袋作り百年の老舗が、ランニングシューズに挑む。

 埼玉県行田市にある「こはぜ屋」は、百年の歴史を有する老舗足袋業者だ。といっても、その実態は従業員二十名の零細企業で、業績はジリ貧。社長の宮沢は、銀行から融資を引き出すのにも苦労する日々を送っていた。
 そんなある日、宮沢はふとしたことから新たな事業計画を思いつく。長年培ってきた足袋業者のノウハウを生かしたランニングシューズを開発してはどうか。
 社内にプロジェクトチームを立ち上げ、開発に着手する宮沢。しかし、その前には様々な障壁が立ちはだかる。資金難、素材探し、困難を極めるソール(靴底)開発、大手シューズメーカーの妨害――。
 チームワーク、ものづくりへの情熱、そして仲間との熱い結びつきで難局に立ち向かっていく零細企業・こはぜ屋。はたして、彼らに未来はあるのか?

Amazon用あらすじより

 池井戸さんは『空飛ぶタイヤ』『下町ロケット』シリーズしか読んでんません。どちらとも訴訟と製品つくりという違いはあれど、中小企業VS大企業の戦い。そしてこの『陸王』もまたその系譜に繋がる内容。『下町ロケット』がロケット部品に人工心肺ならば、今度はランニングシューズの開発を巡るドラマ。

 主人公の宮沢は、長年の伝統を誇る老舗足袋工場の社長。『下町ロケット』の佃航平は、宇宙科学開発機構の元研究員という肩書を持っていたが、宮沢は特に特殊な技術を持っている訳でもなく、カリスマ的な経営才能を持っている訳でもない、いわゆるどこにもいる工場の社長である。宮沢を支える工場の職員も、長年縫製業務をこなしてきたベテランのおばちゃんであったり、銀行相手に汲々とする専務であったりと、これまた普通なのだ。

 そんな彼が娘の茜(これまた作品を通してまったく存在感が無い、というよりもほとんど登場しない)から頼まれたランニングシューズを買いに立ち寄ったスポーツショップで見たある製品をヒントに新製品の開発を思いつくところから物語はスタートする。
 スタートいっても、それまで足袋しか作ってきた経験の無い町工場がプロ用のシューズ開発を目指すのだから大変だ。なによりまったくノウハウも営業のプロセスも分からない状態であり、何をどうしていいやらわからない工場のメンバー達。このあたりの右往左往ぶりは『下町ロケット』ではあまり無かったところだ。そもそも一般的なランニングシューズすら基準が分からないのだから。
 もしかしたらこの作品の一番面白いところはこの右往左往っぷりなのかもしれない。『下町ロケット』は目指す目標があり、そこに至る困難な戦いだったと思うのだが、こちらの作品は目標こそ「アスリートの怪我を無くしたい」という思いがあるが、具体的なイメージすら四苦八苦している状態。ただ、開発したい商品が僕らに馴染みの深いシューズであるだけに、こちらとしてはイメージが湧きやすい。そして主人公の周りの人物たちも決してスペシャルな発想をする訳でもない、本当に普通なのだ。

 主人公の宮沢が熱意はあるがスペシャルではない分、周りのキャラクターの味も作品を支えてる。特にシューズ開発のキーデバイスとなる新素材「シルクレイ」の開発者である飯山と、宮沢の息子であり就職活動苦闘中の大地との関係は、物語で一番印象に残るエピソードかもしれない。ただただ情熱が溢れるオバサンパワーだったり、取引先という枠を越えて情熱を伝えてくれる銀行員・坂本であったりと、それぞれがそれぞれの思いを持って前へ進んでいこうとする。
 だからこそ彼らが悩むとついつい応援したくなる、「頑張れよ」と。



採点  ☆4.5