『世界から猫が消えたなら』(☆4.0) 著者:川村元気

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まずはあらすじ。

郵便配達員として働く三十歳の僕。ちょっと映画オタク。猫とふたり暮らし。そんな僕がある日突然、脳腫瘍で余命わずかであることを宣告される。絶望的な気分で家に帰ってくると、自分とまったく同じ姿をした男が待っていた。その男は自分が悪魔だと言い、奇妙な取引を持ちかけてくる。
「この世界からひとつ何かを消す。その代わりにあなたは一日だけ命を得ることができる」
僕は生きるために、消すことを決めた。電話、映画、時計……そして、猫。
僕の命と引き換えに、世界からモノが消えていく。僕と猫と陽気な悪魔の七日間が始まった。
二〇一三年本屋大賞ノミネートの感動作が、待望の文庫化、映画化! 


Amazon用あらすじより

 映画の予告編が気になり、本屋大賞にも過去ノミネートされていたとのことで、手にとってみた。

 世界から◯◯が消えたなら・・・もしかしたら誰もが一度は思うことかもしれない。それこそ作中でも例に取り上げられている「ドラえもん」の主人公のび太の発想の源の一つがこれだったことも多いはず。

 主人公は脳腫瘍で余命を宣告される。さらには彼の前に自分と同じ姿をした悪魔が現れ、この世界から何かを消す代わりに一日を得ることが出来る、と言われる。

 物語は主人公が世界から何か一つを消すかの葛藤、消した後に感じた事を軸にしている。作中で亡くなった主人公の母親は「何かを得るためには、何かを失わなければいけない」と言う。究極の選択を迫られている主人公にとって、得るものとは命であり、ある意味これ以上大切なものは無い。
 逆を返せば、主人公は何かを失う為に一日の生命を得ているのだろうか。存在しているのだろうか、ということになる。そう考えると重い選択だ。ただ、著者は必要以上に過剰に喪失を描いていない。むしろ、途中で飼い猫が悪魔の力によって主人公と会話出来る事ようになる設定は、コミカルですらある。ただ、この辺りの設定は、読む人によっては軽すぎると感じるかもしれないけれども。 
 作中、主人公は何かを失うという選択をする度に、それまで失っていた事、あるいは気がついていなかった事を得ていく。それを得ることによって、自分が今まで気づいていなかった事の大切さに気づいていく。そして終盤のクライマックスで、主人公は自分の抱える最も大きなトラウマと向かいあいながら、自分が何の為に生きていたかを考える。

 何かを失う恐怖は誰にでも感じる事はある。僕自身も、両親の病気と現在進行形で向い合っているし、自分自身も今年ちょっとした事で久しぶりに入院を経験し、その中で色々と感じる事があった。その経験が、ブログを再開するキッカケの一つになったかなぁ、とも思ってる。
 人は多分、相手が人であれ物であれ、何かと繋がっているからこそ人なのかもしれない。◯◯が消えたなら、もしかしたら人は自己のアイデンティティを失うのかもしれない。それこそ石ころ帽子を被ったのび太のように。失っていいものは何もないんだよと。
 でも一方で、◯◯が消えたなら、と想像することができるのも人なんだと思う。想像して考えて忘れていても気づくことが出来るのが人なんだと思う。

 正直小説としては欠点もある。文章は決して上手いと言えない。初出がLINEの公式サイトでの連載という事もあるかもしれないが、表現が散文的だったら狙いすぎてたりして、それだけで読むのを挫折してしまう人がいるかもしれない。
 また、設定的に矛盾があったり、あるいは冒頭の手紙の部分(映画の予告編でもナレーションになってた)が読み進めていくと、すっかり読者の記憶から消えてしまう。プロローグとエピローグは決まってたんだろうなと思うんだけど、上手く生かしきれてない。正直アマゾンなんかのネット書評でも賛否両論あるのもわかる。

 でも、それでもこれを読んで何かを考える、あるいは振り返るきっかけになる人もいると思うし、それだけの力はあると思う。少なくとも僕はそう思った。




採点  ☆4.0