『〈新釈〉走れメロス 他四篇』(☆4.7)



まずはあらすじ。

 
あの名作が、京の都に甦る!?暴走する恋と友情――若き文士・森見登美彦近代文学リミックス集!

その時、彼の腕を通りすがりの女性が必死で掴み、「ちょっとすいません!」と叫んだ。
思わず見返した相手は驚くほどに可憐な乙女であり、目に涙を溜めている。
芽野は決して女性に腕を掴まれたぐらいでのぼせ上がるような人間ではないけれども、理由を聞く前から彼女の涙にもらい泣きしていた。
(「走れメロス」より)

異様なテンションで京都の街を突っ走る表題作をはじめ、先達への敬意(リスペクト)が切なさと笑いをさそう、五つの傑作短編。 
山月記/薮の中/走れメロス/桜の森の満開の下/百物語を収録。

yahoo紹介より

先月やっとこさ『有頂天家族』を読み、再びモリミに手をだす。
ほんとは『四畳半神話体系』を借りたかったのだけど、貸し出し中ということで、この本と『きつねのはなし』を借りてくる。

読み終わって思う。おそらく、この作品については他のブロガーの方と若干感想が異なるのではないかと。
小説的な完成度でいえば『有頂天家族』の方が、愛らしさと個人的ツボでいえば『夜は短し歩けよ乙女』の方が上なのかもしれない。
けれども、私の今のベストとしてどれか1冊といえばこれを挙げる。
それほどに感じるところがあった。

収録作は日本の文学史において名前が挙げられる作品ばかりなのだろう。
(鴎外の『百物語』は知らんかったが)
されど、日本文学専攻のくせに読んだことがあるのは『藪の中』と『走れメロス』だけのような気がする。
もしかしたら『桜の森~』も読んだことがるかもしれないが記憶にあまり^^;;(あんごさん、すいませぬ)。

作品の出来からいうと『走れメロス』が突出してると思う。
モリミさんらしいふざげたガジェット(図書館警察だったりピンクのブリーフだったり)や、相当捻くれた詭弁論部の茅野と芹名の台詞回し。
明らかに原作の裏をいってるのにも関わらず、その根底に流れる部分は共通するところがある。
二人の心の揺らぎと再生が、クライマックスのダンスシーンで一気に昇華される場面は本家より「アホ」な世界なのに、本家より「リアリティ」を感じる気がするのだけれども。
おそらくブロガーのみなさんの評価もこれに集中すると思いますが(もちろんそれが正当かと思います)、

それでも私が好きなのは『山月記』であり『藪の中』だった。
山月記』における斉藤の心の叫び(彼は他の短編にも登場するが)、自分というものの存在を追い続けただそれだけを目指す。
それゆえに捨てたものも多い。捨てたものもまた自分というものの存在だということを気づかずに。
斉藤にとって、目指すものは言葉であり文章であり、捨てたものは友人であり女性であった。
それに気づいたときに、それはすでに手に届かぬところにある。
彼の孤独感そして寂寥感。混沌とした矛盾の世界の表現が降りられぬ山なのではないだろうか。
ラストで登場する紙の束。彼は語るべきなにかにたどり着いたのだろうか。
ああ、切ない。。。

そして、『藪の中』である。
一本の映画をめぐる、相互に矛盾する登場人物たちの独白。
はたして何が真相なのか。本家と同様、その答えは明確に語られない。
その中心にいるのは、監督たる鵜山の心であるである。
本当に理解できたかどうかわからないが、それでも彼の心に一端はわかるような気がする。
撮るべきものがあるとき、たとえそれがどんなものであっても撮ってしまうのが監督というものなのだろう。
その心の揺らぎは監督自身にも理解できないかもしれない。もしかしたら本作の鵜山もそうだったかもしれない。
自虐的映画といってしまえばそれだけかもしれない。ただそれが本能なんだろう。
そこに彼女がいるから撮る・・・その心情は痛いほどわかる。
異なる言葉を語る登場人物のストーリーは、またどれも真実なのだと思う。
彼らの見た世界は役者としての彼らの心象風景の物語なのだから・・・(意味不明)

残る2作、「桜の森の~」「百物語」もまた表現者の物語である。
「桜の森の~」では一組の男女の物語。男は表現者を目指し、女は男が表現者であることを望む。
目指す場所は同じだったにも関わらず、すれ違う物語。
いってしまえば表現者のエゴイズムの物語。
表現できるにも関わらず、それに満足できない男。性というんでしょうかね~。
まったく関係ないのですが、昔劇団の主宰と飲んでた時に、「こういうことやってる奴らにとって、理想はヒモだよな~」と語り合ったことが^^;;

「百物語」はある男にまつわる都市伝説のようなお話。
舞台の演出家というもの、舞台の幕が開けばもはやなにもすることはない。そこにあるのは役者だけの世界なのだから。
ここに登場する鹿島はこういった部分を過剰に表現した男なのかもしれない。
むしろ過剰にそういった行動をとることによって、表現者たる自分を演出しているのかもしれない。

つまるところ、これは表現者たろうとした男たちの野望と敗北(あるいは勝利)の物語。
うう、これを読んだら映画とりたくなってくるよな~~~~。


採点  ☆4.7