『ゴールデンスランバー』(☆4.7)


まずはあらすじ。

仙台で金田首相の凱旋パレードが行われている、ちょうどその時、青柳雅春は、旧友の森田森吾に、何年かぶりで呼び出されていた。
昔話をしたいわけでもないようで、森田の様子はどこかおかしい。
訝る青柳に、森田は「おまえは、陥れられている。今も、その最中だ」「金田はパレード中に暗殺される」「逃げろ!オズワルドにされるぞ」と、鬼気迫る調子で訴えた
。と、遠くで爆音がし、折しも現れた警官は、青柳に向かって拳銃を構えた―。
精緻極まる伏線、忘れがたい会話、構築度の高い物語世界―、
伊坂幸太郎のエッセンスを濃密にちりばめた、現時点での集大成。

yahoo紹介より

実に1年ぶりに伊坂さんの本を読んだ。
いまさら私がいう必要も無いのだが、お仲間ブロガーの皆様が軒並み大絶賛。
帯の文句の通り、現時点での集大成であり現時点での最高傑作だろう。
とりあえず、なぜ直木賞にノミネートされないのか。
不思議だ^^;;

骨格だけを抜き出してみれば、非常に破天荒極まりない話なのだが、終わってみれば伊坂マジックに絡みとられていることに気づく。
『魔王』を代表とするメッセージ性、『重力ピエロ』のようなカッコよさ、『砂漠』のような切ない青春ストーリー。
それまでの伊坂さんの作品のいいとこどり。
登場人物のキャラクター性も含めて、見事なまでに無駄がなく、それでいて堅苦しさを感じさせない。
伊坂さんのお馴染みの寓話的な台詞も非常に効いている。

以下ネタバレ含む。

全部で5部構成の物語だが、勘のいい人、あるいはあの事件を知っている人にとって、第2部の途中ぐらいで全体の物語の構成に気づくと思われる。
第1部で語られる、国家元首たる総理大臣のパレード、オープンカー、紙吹雪、鳥のオマージュ。
そして第2部で、暗殺者が飛ばしたと思われるラジコンヘリの発着点が、“教科書倉庫ビル”と報道されたときたら、どうしてもあの事件ともダブる。
そう、作中で何度も触れられるケネディ暗殺事件だ。
作中、無実の罪を被せられ逃避行を続ける青柳が自分の姿を模したケネディ暗殺事件の犯人とされたリー・ハーヴェイ・オズワルド。
彼がケネディを暗殺したとされた際、その銃撃場所とされたのが教科書倉庫ビルだった。
いってしまえば、金田=かねだ=きんでんケネディというちょっと無理やりな語幹の類似も、あながち的外れではないのではないだろうか。

第3部で語られる、20年後の関係者のその後における、不審な死の数々もケネディ暗殺のその後を模している。
そのほかにも、ケネディ暗殺の黒幕として当時のジョンソン副大統領が疑われたように、金田首相の暗殺で副総理が疑われたり、ありえない場所にオズワルドの黒幕があらわれたように青柳の偽者が跋扈していたり、銃の成績が悪かったとされたオズワルドが銃の名手と言われた点も青柳と爆弾の関係に似ている。

だから正直第3部までは非常に楽しく読めたものの、個人的にその外枠の部分に関して借り物の印象が残ってしまい、この先の展開に若干の危惧を覚えた。
しかし第4部以降、物語が事件を青柳を中心とした関係者の視点で描かれはじめると、その危惧は単なる杞憂でしかなかった事に気づく。
とにかく抜群に面白いのだ。さまざまな伏線とその回収。それを活かすための人物描写。
どれをとってもスキが無い。ひとつひとつが有機的に絡み合っていくさまは、伊坂さんの技巧が全て込められている。
これまでの作品は技巧が過ぎて、やや物語を複雑にしすぎたものもあったと個人的には思うのだが、この作品にはそれがない。
すべての技巧が面白さに繋がっている。

特に、事件のバックボーンにおけるありえないぐらいな壮大さと、非人道的な巨大権力に立ち向かう青柳の姿が絶妙のバランスだ。
決してランボー(←なぜランボー?)のようなスーパーな人間として描くのではなく、ごく普通の人間として描くことによって、青柳や彼を応援する人々をこっちも応援したくなってくる。さらには過去の回想シーンのカットバックの使い方が絶妙で、感情移入をさらに促進するし、さらにはそのエピソードがここに結びつくかという技巧を堪能できる。とくに車の使い方はきちんと伏線となって物語に再登場すると同時に、登場人物を結びつけるリンクとして実に上手い。
その極みが、多くのブロガーの皆さんが触れられている「痴漢は死ね」というフレーズだろう。
青柳とその家族を巡る1エピソードだったはずの言葉が、最後の最後で最高に涙を誘う。
なぜこの言葉を最後に青柳が選んだのかということを含めて、まさに見事というほかない。

とここでもう一方の国家権力について触れてみる。
日本という舞台(とはいっても選挙方法の違いなどを踏まえて、アメリカを下敷きにしたパラレルワールドとしての日本だが)において、ここまでの国家権力の存在というのは、やはり非現実的だと思う。ただそれがまったくの荒唐無稽かというと、本作で引用されているようにJFK暗殺という前例があるだけに空想といって否定することが出来ない。
このようフィクションとノンフィクションの境を曖昧にすることよって、物語における国家権力の不気味さがよりリアリティを持って存在することができたのではないだろうか。
こういった部分に素材の調理者としての伊坂氏の凄さを見せてくれる。
全体のネタとしては、決してオリジナリティが優れているわけではない。むしろ確信犯的にその部分を控えていると思う。
ただ結局はこの伊坂幸太郎という作家のマジックにかかってしまうと、終わってみれば優れたフィクション作品になってしまうから、恐るべしだ。

ちなみに私のマイベストキャラは七海ちゃんでした^^

追伸:
第3部の語り手はやっぱり青柳なんでしょうね~。3部の最後に「森の声は聞こえなかった」というフレーズもあるし。みなさん、どうでしょう?


採点  4.7