『インシテミル』(☆3.7)


まずはあらすじ。

充実した学生生活を送るために是非ともクルマが欲しい大学生、結城理久彦。
バイトでもするかと情報誌を探しに立ち寄ったコンビニで、彼は指一本分の借財があるという令嬢に出逢う。須和名祥子と名乗った彼女は、高額報酬の仕事を探していると言う。
彼女のためにバイト情報誌を繰る結城。須和名はふと、ある仕事に目を留める。『報酬:1120百円』。百の字が誤植でなければ、この仕事の報酬は十一万二千円の計算になる。
間抜けな間違いもあるものだと思いながら、冗談半分で応募する結城。しかし、それが彼の運の尽きだった。

案内されたのは、地下空間。名づけて〈暗鬼館〉。
参加メンバーは十二人。
そしてラウンジの円卓には、十二体のネイティブアメリカン人形が。

amazonより

米澤さんだ。今年度のミステリランキングでもランクインしてきている本作品。
実をいうと、米澤さんの『夏期限定~』はすでに読み終わっているのだけれど、記事を書くタイミングを逃してここに至っていたりする。
だから米澤さんの記事は今回が『ボトルネック』『春期限定~』に続き3本目。ということで書庫作成決定です。

さてさて結局『夏期限定~』を含めて今回が4作目。
未だに米澤さんの作風を掴んでないのかもしれないが、こうした本格にどっぷり“インシテイル”作品を読んでも、まあ意外とは思わなかったです、はい。
ランキング本でおおまかな部分が語れているとおり、徹頭徹尾ゲーム型本格として構成されている。
けれども、新本格以降語られるような人間に書き込み不足という感じはしない。
マーダーケース型RPGというのは変だけれども、それぞれの役割のとして必要最低限な個性は描かれていると思う。

全体としても、いかにも~な手がかりだけでなく、ゲーム的空間構成のための条件付けだと思われた部分が、実は犯人を特定する重要なポイントになっていたりするわけで、このあたりは補足的なところまでインシテしまう作者のこだわりが感じられる。(ただ各人に振り分けられた殺人方法に関してだけは相当強引だと思うのだが・・・。)
このこだわりを独断で考えてしまうならば、小説における「人間が描かれている」という定義の基準がどこにあるかという部分への、一種のアンチテーゼだとも考えられないだろうか。
一般的に「人間が描かれていない」という批判を受ける基準には、現実の世界における基準に則してその行動の是非が使われることが多い。
ただ一方で小説は現実にある設定を用いながらもあくまで架空の物語であるという前提がお座なりにされることが多い。
それは批評家側だけではなく、書き手の側もそんなには意識してないのかもしれないが、架空の世界においてのルールなりなんなりをきちんと構築し提示できるのであるならば、たとえ一般的には非現実的な設定であっても、小説的空間としてはリアルになるのだと思う。

そんなことは今さら私が言わなくても自明の理であるのだけれども、この作品において米澤さんはその部分においてその設定を厳密に組み立て、アンチテーゼ的なリアルな世界観を組み立てて、読者がそこにインスルことが出来る世界をほぼ違和感なく作り上げたと思う。

ただ一方で、インシテイルがゆえに肉付けの部分で圧倒的な物足りなさを感じてしまう部分もある。
たとえば、語り手となる結城と○○との序盤での会話の違和感や、須和名がこの実験への参加を決断した理由が弱い気もする。
特に須和名はエピローグであんなことをすることが出来るのなら、わざわざここに参加しなくてもと思ってしまう。
もしかしたら“開催者”にかんする情報を、小説内で書かれたこと以外にも知っていたりして・・・などなどやや消化不良気味。
肉の部分まで味付けしてしまったがゆえに、行間的な肉付けを読む楽しみが減点されてしまったのではないだろうか。
あとエピローグで○○がナイフを持って出かけた理由がよく分からなかっただが、どなたかぜひ教えていただきたい。

まあ、あまり細かいことは突っ込まずとも面白い小説であると思うので、ミステリ好きには素直にオススメできる小説ではあると思うのだが。



採点  3.7