『廃帝綺譚』(☆4.3)


我こそは帝王なり。無常の風に吹かれようとも、遠流の島にたたずもうとも。
承久の挙兵むなしく隠岐で余生を送る後鳥羽院に、神秘の珠が届けられる。
廃され追われ流された帝王たち。
山本周五郎賞受賞作『安徳天皇漂海記』に連なる四篇


yahoo紹介より

久しぶりの宇月原さん。
実は『黎明に叛くもの』の外伝的作品『天王船』はすでに買ってあったのだが、なぜか未だに未読。
そうこうしているうちに『安徳天皇漂海記』山本周五郎賞を受賞、その外伝的本作が発売されてしまった。
とりあえずお金があれば即買い作家さんの一人である宇月原さん、今回は即読みです(笑)。

最初に注意。やはりこの小説を読む前に『安徳天皇漂海記』は読んでいて欲しい。

収録されているのは4つの時代。

「北帰茫茫―元朝篇―」
「南海彷徨―明初篇―」
「禁城落城―明末篇―」
「大海絶歌―隠岐篇―」

元最後の皇帝の姿、明国第3代皇帝にして最高、最高ゆえに孤独な皇帝、明最後の皇帝、そして鎌倉に逆らい隠岐島に流された上皇
そして彼らの前に現れる蜜色の滴たる真床追衾(まとこおうふすま)。
かつて日本で神の子として生まれながら子と認められず船で流された水蛭子の残身であり、『安徳天皇漂海記』において安徳帝を護り、実朝の魂を護った伝説の神宝。

最初の3篇は中国である。
つまるところ、「安徳~」の第2部の補完的内容。正直、第1部にテンションが下がった記憶があるのだが、そこでおそらく読み取りきれなかった部分がこの三作品で補えたような気がする。短編としては著者にしては可もなく不可もなく(著者にしてはだ)、しかし最後まで皇帝であろうとした彼らが蜜色の滴を前に選んだ道の儚き美しさは十分に伝わってくる。
ただ小説的なカタルシスにはやや乏しく、ここまでは正直無難な印象しかも残らなかった。

しかし本編のクライマックスは、「安徳~」第1部に通じる「大海絶歌―隠岐篇―」に待っていた。
主人公は後鳥羽上皇。稀代の歌人武者源実朝と同時代を生きた無類の武人貴族にして不出世の歌人
実朝暗殺後、打倒鎌倉を掲げ反旗を翻したものの、鎌倉幕府の圧倒的な統率力の前に敗れ去り、隠岐に配流された悲劇の上皇

隠岐で不遇の日々を囲う上皇の元に届けられた真床追衾を介し、再び兄・安徳帝と、そしてその歌才を愛し立場を呪った実朝と出会う。
生まれながらにして王の立場を歩み、夢破れながらもなお王の立場を歩もうとする上皇の壮絶なまでの苦しみ。
真床追衾での邂逅を期に、自らが思い至らなかった実朝の真実と超絶的な歌を前に覇王は歌人としての誇りを持って立ち向かう。
実朝の残した

大海の磯もとどろに寄する波破れて砕けて裂けて散るかも

の歌を超える為に苦悩する上皇の前に現れた最後の幻想は、あまりにも切なく残酷で無類なまでに美しい。
一つ間違えれば愚にも付かない愁眉譚、それを見事なまでに豊かな情景に変えてしまう著者の筆力は、期せずして『パノラマ島綺譚』のラストとダブって見えた。
この一編だけでも買いである。

たとえ小説の方向性は違えども、対極的な美を描こうとも、もしかしたら偉大なる巨星に最も近いのはこの人なのではないか。
山田風太郎にして、江戸川乱歩。日本小説界が生んだ二人の巨星に通じる匂い持つ作家。
宇月原晴明は買いだ。


採点  4.3