『トーキョー・プリズン』(☆4.3)



元軍人のフェアフィールドは、巣鴨プリズンの囚人・貴島悟の記憶を取り戻す任務を命じられる。
貴島は捕虜虐殺の容疑で死刑を求刑されているが、その記憶からは戦争中の記憶がすっぽりと抜け落ちているというのだ。
時を同じくして、プリズン内で不可解な殺人事件が起きる。その殺人は"密室状況"で為されていた。フェアフィールドは貴島の協力を得て、事件の謎を追うのだが…
二つの異なる時間の謎が交わるとき、忌まわしき闇が逆光の中に浮かび上がる―監獄の中で歪み捻れる殺意と狂気。
ミステリ界注目の知性が戦争の暗部に挑む。戦後史に探偵小説で切り込み、遊戯性の果てに狂気に迫る最高傑作。 

yahoo紹介より

六月に入って本当に忙しい。
平日は社会福祉士課程の授業、土日は福祉相談員の講習会。そして来週からは住環境コーディネーターの集中対策講座が始まるし。
そんな中でもなんとか本を読み続けております。

ということで、今回は『吾輩はシャーロック・ホームズである』以来約1ヶ月ぶりの柳さんです。
舞台は『新世界』と同じく第2次世界大戦直後。
あちらの舞台がアメリカの原爆開発の地ロスアラモスだったが、こちらは廃墟となった東京と戦犯を収容した巣鴨刑務所。

表のメインテーマとしては、ニュージランド人であるフェアフィールドの人探しと巣鴨刑務所で起きた連続密室毒死事件。
裏のメインテーマとしては、戦争という国家的殺人行為がもたらしたものを独自の視点で切り取っていく。
巧みなのは、主役をアメリカ人でも日本人でもなく東京裁判の判事候補として東京を訪れたニュージーランド人だということ。
大戦にこそ参加してはいるものの、限りなく第三国ともいえる国の人間の視点で客観的に捉えていること。
さらにはそれにより外国人から見た天皇制の存在とそれにより戦場に向かった日本人の心理が丹念に描かれている。

これらの伏線は連続毒死事件へと繋がっていく部分もあるのだが、事件よりもむしろその裏にある世界観への橋渡しという印象が強い。
これはこの著者の持ち味だと思う。
今までの著作も魅力的な謎と論理的な解明を持ち合わせつつも、むしろ時にはそれを崩壊させかねない程歪な世界観を構築させてきた。
今回も、事件の展開(密室の処理に関しては少々腰砕けというか、Bに近い気もするが)はスムーズでリズムがあるのだが、クライマックスでもう一人の探偵役である貴島が選んだ選択の方がより鮮烈に残ってしまう。

表層的な論証の積み重ねは時に平凡(少なくとも第2次世界大戦における日本軍の捕虜に対する扱いから生じた誤解に関しての知識を持ってる人には)だし、早々に想像がついてしまう。しかしながらラスト間際にそれを超える真実が明らかにされた時のやるせなさ・・・正直泣きそうになってしまいました。
文章力的には目を見張るほどのものは無いし(多くの作品でしばしば挿入される幻想的な文章が妙に居心地悪くなるんだよね~)、ミステリにおけるトリックのアイデアも決して奇抜なものを見せ付けるわけではない。
だからこそ、それぞれの作品における構成力の非凡さを感じてしまう。
本当にこの人は設計図を書くのが上手い。それをもとに組み立てる設計能力の高さも素晴らしい。

最新作『百万のマルコ』はミステリブロガーの皆様には概ね好評を持って受け入れらていると思う。
しかしながら、そこから2作目、3作目と読まれる方は少ないという印象(例外はゆきあやさんぐらい?)。
今、こういったタイプのミステリ作家は数少ないと思われるだけに、もっともっと読まれて欲しいと思うのですが、どうでしょう。


饗宴におけるソクラテスもそうだったのだが、この作品で登場する貴島のホームズに通じる知性とその鮮烈な生き方は単発として存在するには勿体無いなあ。



採点  4.3