『はじまりの島』(☆4.1)



1835年9月、英国海軍船ビーグル号は本国への帰途ガラパゴス諸島に立ち寄った。真水の調達に向かう船と一時離れ、島に上陸したのは艦長を含む11名。翌日、宣教師の絞殺死体が発見された。犯人は捕鯨船の船長を惨殺し逃亡したスペイン人の銛打ちなのか?若き博物学ダーウィンが混沌の中から掬い上げたのは、異様な動機と事件の驚くべき全体像だった!本格ミステリの白眉。

yahoo紹介より

デビューした年に一筋縄では語れない作品を立て続けに発表した柳広司
その翌年に発表した本作品もまた著者らしい個性に溢れた作品に仕上がっていると思う。

なにより先行の3作品に比べ、物語の吸引力が格段に挙がっている。
過去の作品はそのアイデアや試みに特異な個性を発揮して、私自身もその部分に高い評価を与えてはいたのだが、その反面文章力などを含めて物語の吸引力は稚拙な部分、個性が個性として昇華されてない荒削りなところがあった。
そういった意味で、この作品は読み始めてすぐに作品の世界に入り込めたのものあり、著者がアイデアの勢いだけではないというところを十分に感じさせてくれたと思う。

今回の主役はダーウィン。あの進化論を語った『種の起源』の著者であり、生物学そして宗教観に大いなる衝撃と影響を与えた人物。また事件の舞台になるのがガラパゴス諸島。彼の頭脳に大いなる示唆をもたらした場所となれば、それだけで興味津々である。
過去の作品ではアイデア的な部分も含めてミステリに対し斜に構えたところがあったが、今回は割りと正当なミステリだと思う。

その中でもなぜダーウィンなのかという部分については、今回も正当な理由がある。
作中でしばしば語られるダーウィンの思想、当時の宗教的背景、英国本国とガラパゴス諸島の文化的差異、さらには船員たちの人間関係などが語られるべきところで語られながらも、事件の真相部分において実は細やかな伏線を含んでいる。
このあたりのミステリの定石に対する手腕はデビュー2年目の作品ながら、実に上手く処理してある。
足跡の無い殺人や2箇所で同時に行われた殺人、アリバイの検証など、ミステリ的な常識をきちんと踏まえたながらも、トリックの意外性が飛躍的と感じさせるところに関しても丁寧に書き込まれているから、アンフェア的要素をほとんど感じさせない。
あえていうならば、物証の見せ方や登場人物の描き方の点でやや書き込み不足の点を感じないでもないが、きちんと読んでいけば割と想像出来る範囲内ではないのだろうか。
ミステリとしての意外性は少ないものの、その丁寧な作り方には好感を覚えました。

一方で、犯人の動機の部分においては、過去の作品でも見せていた定番型ミステリからの逸脱を試みているように感じた。あえていうなら中期から後期のクイーンあたりの影響が強い感じが受けるものの、正統派ミステリの完成度が高いゆえにその部分においての衝撃度は過去の作品に比べると、ややインパクトが薄いかもしれない。

ただ一度動機の本質的な部分を垣間見せながらも、後半で逆転させる意外性などはそれなりに心地よく感じさせてくれらから、さすがだと思う。

正直ミステリ界の潮流からは外れ、知名度的には地味な印象がある柳氏だがもっと読まれていい作家。
その手始めとしてはミステリとしてのバランス、物語の吸引力という意味でこの作品は手頃だと思うし、ミステリがあまり得意ではない人にも楽しんで貰えるのではないか。

余談。
ダーウィンで思い出したのですが、かつて宗教論のレポートの為にいろいろな宗教団体に話を聞きにいったことがあります。
その一つ『幸福の科学』の人が、「ダーウィンは素晴らしい学者さんですが、神を否定し猿から人間が進化したという間違った学説を唱えた為、残念ながら地獄に落ちました」と教えてくれました^^;;;



採点  4.1