『少年は探偵を夢見る 森江春策クロニクル』(☆3.6)



少年の日、妖しいキネオラマにて怪人と名探偵に出会った森江春策。中学生となった彼は、「存在しない13号室」のあるアパートで起きた殺人事件を解決し、大学時代には、二都で起きた怪死を繋ぐ意外な真相を看破する。その後新聞記者となり、廃墟ホテルで発見された生首にまつわる冒険を経て、弁護士に転身した森江春策が対決するのは、タイムマシンでアリバイを築いたと主張する殺人者!
名探偵・森江春策の軌跡を描く傑作ミステリ五編。「年譜・森江春策事件簿」を特別収録。

yahooより

島田荘司監修『本格ミステリー・ワールド』による「黄金の本格ミステリー」にも選出された、芦辺さんの記念すべき30作目。
今回は少年時代から弁護士の現在まで、それぞれの時代で森江が出会った5つの事件が描かれています。

まず最初に言っておくと、やっぱり芦辺さんの文章は肌に合わない。
文章が下手というよりも、自分の中で気持ちいい文体、あるいはしっくりくる表現からボタン一つづつ掛け違えた感じ。
そういった意味で、地の文などで描かれる登場人物の心理的な表現に違和感を感じてしまった。
正直、長さの割りに読むのが大変だったです。

ではミステリとしてどうかというと、私はそんなに悪くないと思う。
それぞれの物語に潜むトリックは、中々に考えられていつつ、一方できちんとヒントが散りばめられている。
その中に芦辺さんが森江と同じ年齢だった頃に好きだった世界が垣間見えるような気がする。
そういった意味で、文体の好みさえはまればそれなりに面白い短編集だと思います。
ではそれぞれの寸評を。


「少年探偵はキネオラマの夢を見る」

森江が小学5年生の時に起こった事件。物語の中の世界が現実になったような建物の中で跋扈する怪人と名探偵。
根っこにあるのは、乱歩の少年探偵団。乱歩の世界観を忠実に再現する為に文体模写を試みてます。
ただおおよその部分で非常に似ているものの、単語選びのセンスの違いややや過剰な心理表現がバランスを崩している感じがします。
トリック的なモノは正直一発でわかるものの、その稚気的な部分はちょっと乱歩っぽい?


「幽鬼魔荘殺人事件と13号室の謎」

森江中学校時代の事件。あるはずの無い「存在しない13号室」を持つアパートの中で起きた殺人事件。
事件が起こるアパートの近くにある病院が『聖(ひじり)アレルギイ療院』というだけあって、小栗へのオマージュ・・・というよりはパロディ(笑)。
鍵を握っていそうな13号室に住んでいるのが森江自身というのがミソ。
トリックそのものは見破れそうで見破れないパズル的要素が強いです。ただ随所に配置されたヒントの散りばめ方が絶妙ですな。
割といい出来の短篇だと思います。


「滝警部補自身の事件」

デビュー作「殺人喜劇の13人」の前日譚のようなお話。森江と滝警部補がそれぞれに推理する別の事件が絶妙にシンクロする。
・・・といいたい所ですが、もう少し書き分けの部分にメリハリがあったらシンクロニティの部分が楽しめたような気がします。
しかしラストの放り出したような終わり方に、まさかあんな伏線があったなんて。。。


「街中の断頭台」

後書きで横溝の都会を舞台にした通俗スリラーを目指したと書いてます。
確かに小道具の配置や魅力、本格としての骨格はかなりしっかりしていると思います。
ただ、基本的に登場人物の発言とその後の行動の微妙な齟齬が気になります。
正直言って肉付けに失敗した感じがして、作品としては一番好きじゃないかな。


「時空を征服した男」

タイムマシンを使ったアリバイトリックを主張する男と、それを覆そうとする森江の対決。
犯行を自白しているのにも関わらず、立件の可能性が甚だ薄いとう歪んだ構築がミソ。
でも本編のサプライズは、短編集全体に仕掛けられた限りなくBなトリックをどう評価するかかも。
このB的要素は嫌いではないもの、もう少し隠された謎を分かり易く提示しないとサプライズ効果は伝わらないかな~。


ああ、文体さえ好きであれば、もっと楽しめるのに。。。。


採点  3.6