『密室の鍵貸します』(☆3.7)



しがない貧乏学生・戸村流平にとって、その日は厄日そのものだった。
彼を手ひどく振った恋人が、背中を刺され、4階から突き落とされて死亡。
その夜、一緒だった先輩も、流平が気づかぬ間に、浴室で刺されて殺されていたのだ!!
かくして、二つの殺人事件の第一容疑者となった流平の運命やいかに?
ユーモア本格ミステリの新鋭が放つ、面白過ぎるデビュー作。

東京創元社紹介より

東川さんのオススメはなんですか?と聞いた時に、冴さんに『館島』を挙げて頂き、そしてべるさんからこのシリーズを薦めてもらった。
近所の図書館に無かったため、購入希望を提出。
しかしその数日後古本屋にて発見。さっそく購入。図書館ごめんなさい。でもシリーズ作品の途中だけ入荷しているのはまずいから、買ってね♪

『館島』やこれまで読んだ東川さんの作品に共通する感想は、オヤジギャグが笑えないという事(笑)。
ただこの作品を読んで思うのは、ユーモアの前提に笑いがあるとは限らないということ。
最近ユーモアの必要条件に笑いがあると決めつけていたような気がするが、この作品のようになんともいえずゆる~い空気もまたユーモアなんだね。

とにかくユーモアに徹しようとする地の分の作者の筆致が非常に好ましく感じられました。
確かにこれ、うざいと思う人もたくさんいるだろうし、ダメだと思う人もたくさんいるだろうなと感じますが、僕は嫌いじゃありません。
でもこれらが醸しだすなんともいえない脱力感(?)が、なんとも人を食った感のあるどこかゆる~いトリック(?)と相まっていい味を出しているのではないかと。
そもそも純粋に本格として考えると、トリックそのものはかなり見え見えだし、事件の構造も早い段階で見当つきます。
ただここまでユーモアに徹する部分を残していると、本格としてゆるさ加減もまた著者の手の内なのではと勘ぐってしまうから恐ろしい(笑)。
逆に本格としての純度がもっと高かったり、あるいはギャグがとことん笑えるものだとしたら、完成度は上がったとしても印象に残る作品にはなっていなかったかもしれない。
そういう意味では、プロ野球の試合初登板にも関わらず、初球超スローボールをど真ん中に投げ込んでくるぐらい度胸のよさを感じさせる。
なにより下手に知識を詰め込まず、著者の得意な土俵の上で勝負している気がして、そこもまたいいんじゃないかと思う。
正直万人に進められるかというとちょっと悩むところがあるものの、デビュー作としてはかなり個性を発揮した作品ではなかったかと思う。

最後にまったく関係ないが、主人公が先輩の部屋で読む映画雑誌の中に『イメージ・フォーラム』があったのには受けた。
キネマ旬報』や『シナリオ』は映画好きじゃなくても名前ぐらいは、あるいは本屋で見かけた事がある人もたくさんいるのではないかと思うものの、なかなかこの雑誌を知っている人はいないと思う。
僕も映像研究所としての『イメージ・フォーラム』に多少縁があったので知っているわけだが、この作品のタイトルを含めて東川さん、なかなか映画好きなんだな~と思ってしまいました。