『終末のフール』(☆3.8)



あと3年で世界が終わるなら、何をしますか。;2xxx年。「8年後に小惑星が落ちてきて地球が滅亡する」と発表されて5年後。犯罪がはびこり、秩序は崩壊した混乱の中、仙台市北部の団地に住む人々は、いかにそれぞれの人生を送るのか? 傑作連作短編集。

yahoo紹介より

いやあ、図書館に予約してから長かった長かった。年末年始の休館日直前にやっと順番が回ってきました。
もちろん僕の後にも予約がたっぷり。人気ありますな~、伊坂さん。

さてさて世界が滅亡すると知らされた人達のお話ということしか知らない状態で読んだこの本。
内容はパニック小説ではなく、いかにも伊坂さんな短編集でございました。

読み終わって思う事は、けっして傑作だとは思わないし伊坂作品の中では平均点な出来ながら、同時に作家として技量を十分に感じさせるという事。
設定的に考えればこの特殊な設定を盛り込んだ作品にしそうなものだが、それをせずにあえて自分の得意なグランドに持ち込みつつ、その内容に十分な重みを感じさせる内容になっているからだと思うからだ。
8年後に地球が滅亡すると発表されながらその直後のパニックを描くのではなく、それが一段落した中で人々の心のアヤを描いていくというのはいかにも伊坂らしい着眼点なんだろうと思う。

一つ一つの物語も、普通の人が書いたならかなりお約束な説得力の無いお話になりそうなところを、読み終わると問答無用に「いいねえ~」と思ってしまう。
象徴的なのが「太陽のシール」だと思う。少々誇張的すぎるぐらいな優柔不断な主人公に持ち上がった妊娠騒動、その結末はかなり予想できてしまう。でもそこに至る主人公の心の描写が短編でかなり飛躍して結論までたどり着くくせに、最後の主人公の言葉にニヤッとしてしまう。
このへんはもう伊坂文学の真骨頂的なところだろう。これはもうこの特殊な設定がなくとも成立可能な話ながら、特殊な設定の中で語られる事によってより感情的に気持ちいいものを味わえると思う。

またそれとは別にもっとも印象に残った台詞が「鋼鉄のウール」で、主人公が憧れる格闘家の台詞、「あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの行き方なんですか?」という台詞だった。これはこの特殊な設定で語られることによってその必然性がきちんとあるのだが、それ以上にたとえこの設定が無かったとしても印象的な台詞である事は間違いないと思う。

そういったそれぞれの物語の対比がありつつも、それぞれの作品がリンクすることによって残された時間を生きようとする人間模様が一層鮮やかに浮き上がるというのも、連作短編集の醍醐味であり、そういった意味での完成度はやはり高いと評さずにはいられない。

とにかく著者の作家としての余裕が感じられつつも、決して余技に終わらせない、熟練の作品だ。
絶賛は出来ないが、それでもこれが著者の代表作だという意見があったとしてもまったく異議を唱えようとは思わない。
そういった意味では意外と好みが分かれる作品なのかもしれませんな。