『法月綸太郎の本格ミステリ・アンソロジー』(☆3.5) 編:法月綸太郎



不可能犯罪、密室殺人、読者への挑戦が挿入された犯人当て、大胆不敵なミスディレクションなど初心者からマニアまで楽しめる本格ミステリ・アンソロジー。選者・法月綸太郎ならではの風刺の利いたものや、本格エッセンスが凝縮された小説などバラエティに富んだ作品が満載!イギリス、アメリカ、日本の三つの国からセレクトされた選りすぐりの謎にあなたも挑戦してみませんか。


あの法月綸太郎がセレクトした本格ミステリアンソロジー、という事で法月ファンとしては見逃せません・・・といいつつ、この本が出たのは1年前。
なぜここまで読まなかったかというと、すいません、存在を知りませんでした。

いやあ、さすがというかなんというかなかなかマニアックな作品揃いでした(笑)。
辻真先氏の名作『仮題・中学殺人事件』の見出しを利用(というか著者も語ってる通りパクリですが)したテーマのセレクト

眉につばをつけま章(まさに肩慣らし、明らかに本格でない作品から皮肉に溢れたものまで3篇)
密室殺人なぜで章(とうぜん密室に関する短編3篇)
真犯人はきみで章(いわゆる犯人当てを主題にした短編3篇)
おわかれしま章(頭脳戦とほろ苦い後味が残る3篇)

の全12編で構成、それぞれに法月氏による簡単な解説、さらにはテーマの合間にはエッセイ風の文章が挿入されています。
ちなみに選ばれた作者は、法月綸太郎といえばのクイーンや「ノックスの十戒」で有名なロナルド・A・ノックスから、日本では西村京太郎、さらには小泉八雲ウディ・アレン(映画監督の人ですよ~)というかなり広範囲にわたっています。
しかしなんといっても注目なのは


2000年以降ぐらいから本格(あるいは新本格)を読み始めた人はご存知ではないかもしれませんが、知ってる人を知っているという作家。
なにしろ著者名義で出版された作品はデビュー長編『消失』(90年出版、93年文庫化、どちらも現在絶版!!)の1冊のみ。後書きでまた次回作でといいつつも、そのまま作者本人まで「消失」してしまったかのようにミステリ文壇から消え去ってしまいました。

このデビュー作『消失』というのがなかなか強烈な作品でして、被害者の正体が明らかになった時は思わず口アングリ。それゆえ当時は相当批判された記憶があります。
ただ、今の時代にこれが発表されたらいい意味で評判になった作品ではないかなと思います。まあ、ちょっと早すぎた作品といえるかもしれない。
そんな著者に再び会える日がくるとは!!

収録されているのは1990年10月に小説現代臨時増刊(今の「メフィスト」)に発表された犯人当ての作品「ひとりじゃ死ねない」
犯人らしき人物の独白から始まり、自殺をするために他人を巻き込んでいってしまうお話ですが、犯人当てよりも著者が仕掛けたトリックがなかなかに強烈。
犯人当てそのものがフェイクになってる中々の作品で、いかにも新本格な佳作でした。
後書きによると第2作目の作品を執筆されておられそうですので、出版される日が楽しみです、はい。


他に印象に残ったのは、西村京太郎の「白い巡礼者」、クイーンの「ニック・ザ・ナイフ」エドマンド・クリスピン「誰がベイカーを殺したか」ですかね。

「白い巡礼者」はいわゆる足跡の無い殺人を扱った短編。西村氏といえば十津川警部のアリバイ物がどうしても思い浮かびますが、過去には「殺しの双曲線」という双子トリックを使ったガチガチの本格作品を書かれています。この作品もマネキンによる殺人予告から始まり実際の殺人が起こってしまうという、いかにも本格といった内容。足跡のトリックについてはやや性急で面白みにかけるものの、見立てに関する逆転の発想は面白かったです。

「ニック・ザ・ナイフ」はいわゆるクイーンの犯人当てラジオドラマの一つ。当然内容は台本なんですが、この頃はまだきちんと本人が関わってますU(笑)。
内容は「切り裂きジャック」をモチーフにした女性を狙った連続殺人の正体をエラリィが暴くといったもの。ラジオドラマだけにネタはシンプルですが、きちんとヒントは提示されていますので、頭の体操にはちょうどいい作品。

「誰がベイカーを殺したか」は、とあるパーティで一人の出席者が扱った事件を他の出席者に語り、その犯人を推理してもらう作品。
いやあ、思いきり騙されました。とにかくタイトルが実は・・・な作品。ぜひ頭を柔らかくして挑戦してくださいませ。


あとはジョン・スラデック「密室 もうひとつのフェントン・ワース・ミステリ」で語られる海外の古典本格を知ってれば知ってるほどたまらない密室講義もたまりませんでしたね~。あ、ウディ・アレンは面白いといえば面白いのですが意味がわからないといえばわからない変な作品。小泉八雲はミステリじゃありませんがお得意(?)の幽霊モノに対する明確な解答が印象に残ります。

とにかくアンソロジー、しかも法月セレクトのマニアックな作品群なので、肌に合わない作家が多ければちょっと辛いかもしれませんが、個人的には中西智明が読めただけで満足でした(笑)。