再読『笑わない数学者』と逆トリックの検証



この作品は以前このブログでも紹介しています。
しかし今回ある理由により再読、新たに記事を書くことにしました。

ちなみに前回の記事はこちら→http://blogs.yahoo.co.jp/tai_y1976/14087683.html

ちなに前回の記事で、この事件のトリックについて僕は

事件の根幹の重要なポイントとなるブロンズ像消失のトリックですが、
ミステリを読みなれてる人なら結構分かるんじゃないですか。
ということは、作中で犀川が語るように殺人事件の犯人も分かりますね。それしか考えられないし。

と書いております。それぐらいこのトリックは簡単だと思います。しかしながら犀川助教授がなかなか気付いてくれません。
そんな感想をもってたのですが、つい最近あるブログでこの小説には「逆トリック」というものがあるという事を知りました。

え?逆トリック。
ちなみに森氏の公式サイト『浮遊工作室』の作品紹介で氏は逆トリックについて以下のコメントを掲載しています。

 さて、この作品は、最も、ミステリィファン以外の方に向いているでしょう。5連作の中で1冊読むならこれにして下さい。5連作の中でもっとも自分の納得のいく作品だからです。
 北村氏より頂いた凝った推薦のとおり、トリックは簡単で、誰でも気づくものです。意図的に簡単にしたのです。しかし、トリックに気づいた人が、一番引っかかった人である、という逆トリックなのですが、その点に気づいてくれる人は少ないでしょうね。でも、少なくとも北村氏は気づいたのですから、森としては、これでもう十分です。
 算数の問題について、沢山のハガキが寄せられました。この謎も意図的に残したものです。
 蛇足ですが、何故、「笑わない数学者」というタイトルにしたのか・・、それが逆トリックのヒントです。 


激しくネタバレしております


これについていろいろなサイトでの意見を拝見し、その上で再読してみました。
そして気になったのが犀川の性格。過去2作や他のS&Mシリーズに較べると妙にフランクな感じがします。
天才とまで言わないまでもどこか超越した漢字のある犀川がこの小説に限っては結構普通の人に感じました。これももしかして著者の仕掛けなんですかね?
つまり、なぜ読者が気付くようなトリックに犀川が気付かないのか・・・この作品の犀川はつまりそのような人間であると。
つまりこの小説における犀川の示す解が必ずしも正しくないということの提示みたいな。

となると問題になるのが、果たして地下室にいた人物が一体誰だったのか?というところになってくるのではないでしょうか。
ちなみに作中で犀川はこの人物が天王寺翔蔵博士と定義しています。ただこの犀川の定義自体、本人が正解だと認識しているのかどうかあやふやな表現があります。

そもそもこの作品には登場人物の入れ替わりに関する記述がたくさん出てきますし、事件そのものにも影響している部分があります。
となるとこの地下にいた人物が必ずしも天王寺翔蔵博士博士とは限らないとすると、一体誰になるのでしょうか。
この命題は同時に、作中で発見される白骨死体の正体、第11章の最後に登場する謎の老人の正体は誰なのかという事も問題も提起します。
ちなみに犀川の推理と自称天王寺翔蔵博士の告白をこの命題に当てはめると、


地下の人物=天王寺翔蔵博士(数学者)
白骨死体=天王寺宗太郎(小説家)
公園の人物=片山基正(建築家)


ということになる。しかしながらこの解答は上記で述べた犀川の推理の不完全性、自称博士の告白の信憑性の問題もあり、必ずしも正しい解とは限らない訳です。
ここで森氏からのヒントとして、なぜタイトルが笑わない数学者なのかという部分が有力な判断材料になるかと思います。
つまり数学者=笑わない人物であり、笑わない人物=天王寺翔蔵博士という方程式が成り立つのではないかと。

では地下の人物・最後の老人・白骨死体で笑わないのは誰かという事になります。
この答えは第11章で明らかになります。地下の老人は犀川が彼の部屋を立ち去った直後に笑い声を立てます。また公園の人物に関しても公園の少女に笑顔を見せています。つまりこの2人は天王寺翔蔵博士ではないということになり、唯一笑わないモノ、白骨死体=天王寺博士という解が成立することになります。

ということは地下の老人は一体誰なのかという事になります。この地下の老人は度々「内と外の逆転」という事を度々語っています。
つまる閉空間における内と外の定義は人々の認識によって決まるものである、この老人にとっては地下の部屋こそが外であり、それ以外の空間は内側であり彼以外の人物が内側に捉われていると認識しています。
これは建築家片山基正のテーマとしていた問題だという事が作中で触れられています。またこの老人が自らの弱点を「他者に干渉されたい弱さ」であると語っています。これは自らの妻亮子に愛される事のなかった(亮子が愛したのは宗太郎)片山基正の想いと捉えることが出来るかと思います。
という事は、地下の人物は片山基正であると考えるのが妥当である。作中で登場するホワイトボードに書かれた数式も片山が天王寺博士である為に必要なものであり、11勝でこれが消されていたのはこの事件により片山が天王寺博士である必要性が無くなったから消されたと考えられる事もできる。

ということで、残りの正体不明の人物、公園の人物は残された天王寺宗太郎となり、

地下の人物=片山基正
白骨死体=天王寺翔蔵博士
公園の人物=天王寺宗太郎

という僕なりの解答が出来上がります。これはこの逆トリックに関する推理の中でも最も大多数の意見であり、僕自身もそれが一番しっくりきました。
でもほんとにあってるのかなあ・・・・。
っていうかだからどうしたって感じもするのがなんともいえないですねえ。

正直もう少し作風を読者に印象付けてからこのトリックを使った方が良かったような気がしますが^^;;。