『失はれる物語』

きみの音楽が独房にいる私の唯一の窓、透きとおった水のような6篇の物語。ブロードバンド映画「手を握る泥棒の物語」原作、書き下ろし短篇「マリアの指」同時収録。

Yahoo紹介

読み終わって気付いたのですが、「マリアの指」以外は単行本収録済の作品を集めた、ベスト版みたいな短編集だったんですね~。なんて商売上手(笑)。
まあ乙一初心者の僕としてはどれも初めて読む作品だったので、それそれで問題無かったんですけどね。

読み終わって、いや~さすがにベスト版と称されるだけの読み応えはありました。とにかく泣きっぱなしというか、乙一さんの切ない系パワーが前面に出た作品が多くて、そんな話に大変弱い僕としては大いに楽しめました。
「ZOO」の書評で読み終わっただけの読後感だけじゃ、乙一作品としては物足りないという意味の事を書きましたが、これだけ切ない作品が多いとそんな事どうでもいいやと思ってしまって(無責任だなあ~)。

それではお気に入り順に作品紹介&短評を・・・と思ったのが、どれも個人的に優劣がつけられないので収録順に紹介します。


「Calling you」

あらすじ・・・友人を持たない少女が頭の中で空想した幻の携帯電話。ある日、その携帯にかかるはずのない電話がかかってきて・・・。

空想の産物である携帯電話で話が出来てしまうという小説ならではのありえない設定なんですが、実際にこんな事が起きてしまったらどうするだろう、という部分での説得力のあるストーリーが秀逸。伏線の張り方から、あまりに切ないクライマックスを乗り越えて成長するヒロインの姿に涙、涙。


「失はれる物語」

あらすじ・・・交通事故で視覚、聴覚すら失い右手の先以外の感覚以外を闇の中に全て閉ざされてしまった男と、その妻が選んだ選択は・・・。

かなりシビアな設定の物語。右手の肘から先しか感覚が無い男が、懸命に看病する妻に対して選んだ人としての最後の選択に涙。ピアノ教師である妻という設定をフルに生かした感情の伝達方法が、言葉では語る事のできない感情の揺れを読者に伝える事に成功しています。それにしても主人公のような選択はできないなあ・・・・。


「傷」

あらすじ・・・少年が出会った、他人の傷を自分の体に移す事が出来る同級生の交流を描いた物語。

どんな傷すら移してしまう(あるいは自分の傷を他人にも移せます)という、ある意味人を超えた能力をどう描くかという部分で、純粋な物語を仕上げた乙一に乾杯。
その能力を通して自分が存在する意義を求めようとする同級生の生き方に対する、主人公の答えがまた純粋で泣けるのさ。クライマックスに仕掛けられた真相も、可能性に気付きつつもでもホロリ。



あらすじ・・・壁に穴を開けて泥棒をしようとした青年が、壁の向こう側で出会った女性との物語をコミカルに描いた作品。

この作品集の中ではかなりライトな感じで、切なさより壁越しに交わされる二人の駆け引きの面白さが楽しい。さりげなく配置された伏線が、ラストの妙にチャーミングな場面とうまく調和してますね。映像ではラストを相当変えてるらしく、それはそれで見てみたい。


「しあわせは小猫のかたち」

あらすじ・・・内向的な主人公と幽霊が、いわくつきの家で繰り広げるちょっと不思議な共同生活。

よく考えると、幽霊との共同生活(正確には幽霊が飼っていた猫も一緒に暮らしてます)を違和感無く始めてしまう主人公はすごいですけど、読んでるうちにすごく楽しそうでなんだか羨ましいぞ。中盤幽霊の女性を殺した犯人を捜すあたりはちょっと違和感がありましたけど、ラストできっちりまとめてくれて、もう一度涙。


「マリアの指」

あらすじ・・・唯一の書き下ろし。まるで女神のような女性の死。果たして彼女は自殺?それとも他殺?

物語の骨格は女性の死の真相を主人公が突き止めるいわゆるミステリ系の作品なんですが、物語がすすむにつれて明らかになる女神の虚像と真実。そしてあまりにも哀しい事件の真相。ちょっと歪んで冷たい空気が包み込むような感覚はまさに乙一~。


まあ、とにかくお腹一杯、一気に読み終わりました。全体としては出会いと別れが人を形成していくそんな話が多かったような気がします。が、そんな事はどうでもよく綺麗な物語に浸ってしまえ~。
こんな本読まされたら、「Calling you」「しあわせは小猫のかたち」と作者の中で3部作となる「暗いところで待ち合わせ」を早く読まなきゃいけないじゃないか♪

減点するとすれば、あまりに綺麗過ぎる事と再収録作品が多い事ぐらい?
乙一入門編としてもおすすめですね