『最後の願い』 著者:光原百合



新しく劇団を作ろうとしている男がいた。度会恭平。劇団の名は、劇団φ。納得するメンバーを集めるため、日々人材を探し回る。その過程で出遭う謎―。日常に潜む謎の奥にある人間ドラマを、優しい眼で描く青春ミステリー。

yahoo紹介より

ブログでも何度か触れてご存知の方もいるでしょうが、僕は東京在住中にとある小劇団に参加していました。
今回僕のお気に入りの作家の一人である光原百合さんが、演劇を題材にミステリーを書いたという事で、こりゃ読まなくちゃなりませんわな。

素敵な小説でした。
渡会恭平を中心した劇団Φ(ファイ)の旗上げの為に参加者集め。その中でそれぞれの人物が出合った、もしくは心に抱える小さな(あるいは大きな)傷にまつわる謎が現れ、そして解かれていきます。
そして、劇団員も集まりいよいよ公演の為に集まったメンバーの前で最後の物語が紡がれる。

基本的には北村薫さんが新本格の中に礎を築いた「日常」の謎の流れを汲む作品です。
その中でも謎のエッセンスを濃くすると若竹七海、人間心理の要素を濃くすると加納朋子、そして物語の細やかさを鮮やかにすると光原さんになるんじゃないでしょうか(かなり大雑把かつ反論がきそうな区分分け・・・)。
時計を忘れて森へ行こうの記事の時に、光原さんは悪意が似合わないと書きましたが、『十八の夏』や今作に収録されている作品の中には人間に潜む悪意をテーマにしてる作品があります(ちなみに、『時計を~』で語りをつとめた若杉翠ちゃんが意外な形で登場)。
それでもその悪意そのものをテーマに据えるのではなく、そこから何か綺麗なモノを紡ぎ出す手法は一貫しており、物語に必ずしも絶対の解決をつけるわけではなく、可能性の一面を切り出しそこに説得力を持たせる手法は作品を経る程により洗練されてきていると思います。
会話のテンポも作品を経る事によりテンポよく軽快になってて、随所でニヤリとさせてくれたりします。

そしてこの作品の最終話、劇場に住むある女優の幽霊に関する物語では、その結末に関する想像を役者の演技を通して幽霊に語りかけると同時に、いろいろな謎を経てこの舞台に集まったメンバー自身に語りかけるようになってます。ここで、今まで読んできた物語がささやかな伏線になってるのに気付きます。
この最終話で大団円を迎えるやり方はごく一般的ですし、例えば若竹さんの作品のような意外性もありません。
でも、だからこそこの結末が読み手の心に染み入ってくる部分もあるんだと思います。
何故彼らが幽霊に物語の結末に関する想像を聞かせたのか、そして最後に見せてくれる幽霊のささやかな恩返し・・・何度読んでもじわっときちゃいます。

あまりに綺麗過ぎて逆に浮世離れしてるかもしれませんが、でも好きな人にはとっても好きな作品になると思います。

採点  4.2