『時計を忘れて森へいこう』 光原百合

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時計を捜して森をさまよう翠の前に現れた穏やかで柔らかい声の主、瞳に温かい光を宿すそのひとは手触りの粗い「事実」という糸から美しい「真実」を織りあげる名人だった―。心やさしい三つの物語。。

yahoo紹介より

それにしても、つくづく光原さんは悪意の似合わない作家だと思いますわ。
小説の形態としては、北村薫さんの「日常の謎」の流れを汲む連作短編集ですが、その謎の種類が独特です。

この小説における探偵役護の導き出す解答は、「提示された謎」に対する真実、というよりも謎から紡ぎだした一つの謎といったニュアンスが強いです。彼の語る物語は一つの解答ではあっても真実がほかにある可能性を残しています。

それは第2話に顕著に感じました。このエピソードでは、事故で死んでしまった一人の女性の行動について、登場人物達が答えを探すといった物語です。この中で護がだした答えが真実であるかどうかは、死んだ女性にしかわかりません。もしかしたら他に真相がある可能性もあります。

その中でこのエピソードが物語として成立しているのは、目の前にあるものすべてのモノ、人であれ動物であれ植物であれ、その存在から常に輝ける何かを発見できるいう護の人物設定にあると思います。
もちろんその答えは時として当事者にとって残酷な場合もありますが、その部分を自覚した上で行動を起こす彼の存在の説得力が、そうさせているんだと思います。

正直物語としてあまりに性善説的なところや、ワトソン役の翠のあまりに汚れてない存在、独白部分における文章的な技巧のぎこちなさといった弱点はあるかと思いますが、時にはそんな本を読んで心を和ませるのもありなのかなと思わせる、素敵な佳作だと思います。

総合  3.5