『七度狐』(☆3.7) 著者:大倉崇裕

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「季刊落語」編集部勤務を命ず。という衝撃の辞令から一年。落語と無縁だった新米編集者・間宮緑は職場に定着し、時に名探偵ぶりを見せる牧大路(まきおおみち)編集長の透徹した洞察力に舌を巻きつつ落語編集道に精進する日を送っていた。
「静岡に行ってくれないかな」突然春華亭古秋一門会の取材を命じられ、北海道へ出張している牧の名代として緑は単身現地入り。この一門会は、引退を表明している六代古秋が七代目を指名するという落語界の一大関心事。何故こんな片田舎で?
ここ杵槌村はかつて狐の村と呼ばれ温泉郷として栄えたが、今や往時の面影はない。世襲とされる「古秋」の名をかけて落語合戦に挑む当代の息子古市、古春、古吉。いずれ劣らぬ名人芸に感心しきりの緑。一門会直前、折からの豪雨に鎖され陸の孤島と化した村に見立て殺人が突発する。警察も近寄れない状況にあっては、電話でいくら訴えても牧とて手の打ちようがない。やがて更なる事件が。
犯人捜しと名跡の行方、宿悪の累が相俟って終局を迎えたそのとき、全ての謎が解ける。

 

『三人目の幽霊』に続く落語シリーズ(巷ではなんと呼ばれてるのでしょうか?)の第2弾にして初の長編です。

 

前作もそうでしたがたんに落語界を舞台にしているというだけでなく、事件の真相、そして物語の構成そのものにもそれが反映されているという意味で著者の拘りが感じられる作品。さらには孤立した村で起こる落語の大名跡を巡る後継者争いと見立て殺人という非常にクラシカルな本格という意味でも好きな人は好きだろうな~思います。

 

なによりインパクトがあるのが、後継者候補の3人、そして6代目古秋の落語に対する、そして大名跡にかける異常ともいえる情熱がやけに生々しく伝わってきます。
特に身内が連続して殺されるという環境にありながらもなお稽古に没頭する候補達の姿は、芸の為に生きるという落語家の執念というものが伝わってきますね。
この落語家達の執念が物語の結末においてさらに膨張して異形のカタチを見せる場面は、緑ならずとも背筋が凍ってしまうのではないでしょうか。

 

前作でもこういった情熱に関する場面は描かれていましたが、今回はクローズド・サークルという本格の状況設定の中で起きているだけに、より大風呂敷を広げたという感じ。また長編ということもあり、大ネタとして「七度狐」を使うという著者のアイデアは効果という意味では一定以上のものをあげてますね。
同じネタを7度繰り返すという演じるには非常に厄介な構成故に完全な形で上演されることのなかった「七度狐」。それを完璧な形で上演する為に練り上げた先代古秋の落語が、そのまま事件の見立てになっている為、事件の真相だけではなく完全版「七度狐」に対する読者の興味を沸き立たせるという2重構造は読み手としてそそられますし、その世界に入り込めれば入り込めるほど、著者の仕掛けた罠にはまってしまうかもしれません。

 

惜しむらくは、人物造型の執拗さに較べると状況説明が淡白で村の地形や建物配置、さらには建物そのものに対するイメージが掴みにくいという事。
特に第3の事件では、それらが重要なポイントになるだけにもう少し丁寧に書いてもらえればよかったかな。
構成そのものは古典的な筋立てををきちんと消化しているし、失われた「七度狐」の化かしをうまく創作している筆力を見るに十分求めていいものだと思います。
まあこの点に関して言えば初めての長編という意味での物語の運びに関する経験をつんでいけば十分直っていくであろうものなんでしょうね。

 

あとは、シリーズ物でこういう事をいうのはなんなんですが、前作を読まずにこの作品から入った場合探偵役を務める牧の魅力、または緑との関係がやや腑に落ちない人がいるかもしれないですね~。イマイチ彼らの関係の描き方が物足りない。特に牧の先輩である元編集長と比較してあまり差がないですからね~。

 

まあ、全体としては十分読ませますしどこか懐かしい香りのするという意味で、好きな部類の作品ではありました♪

 

採点   3.7

(2006.11.24 ブログ再録)