たいりょうのちょっと一息

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『壬生義士伝』(☆4.2) 著者:浅田次郎

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あらすじ

旧幕府軍の敗退がほぼ決した鳥羽伏見の戦。大坂城からはすでに火の手が上がっていた。そんな夜更けに、満身創痍の侍、吉村貫一郎が北浜の南部藩蔵屋敷にたどり着いた。脱藩し、新選組隊士となった吉村に手を差し伸べるものはいない。旧友、大野次郎右衛門は冷酷に切腹を命じる―。壬生浪と呼ばれた新選組にあってただひとり「義」を貫いた吉村貫一郎の生涯。構想20年、著者初の時代小説。(上巻)

吉村貫一郎が生涯かけて貫き通した「義」とはいったい何なのか。切腹を命じた大野次郎右衛門の真意とは…。感動の結末へと物語は進む。非業の死を遂げた男たちの祈りはかなえられるか。日本人の「義」を問う感動巨篇!(下巻)

yahoo紹介より

 

感想

 

風邪でぶっ倒れて実に一週間振りの更新。
基本的に体調を崩してしまうと本すら読むのが辛くなってしまう体質。細々と時代モノ参加小説の本書を読みました。
文庫版が出た当時に購入してたのですが、未だに未読でした。映画は見たんですけどね。

 

映画では斉藤一の視点を中心に吉村貫一郎を描いていたので、そんな感じかなと思っていたのですが、大部分がインタビュー形式だったのにちょっとびっくり。
それぞれの人物から見た吉村貫一郎の印象と、一区切りごとに挿入される吉村自身の独白の対比が非常に鮮やかで感心しました。
いや、ほんと生きた台詞を書かせると憎らしいぐらい上手いですな、浅田次郎
初めての時代小説挑戦ながら、決してオーソドックスな構成にも関わらず時代小説の面白さというものをきちんと感じましたね。

 

それにしても義っていうのはなんなんでしょう。
今の時代、そんな事をほとんど感じなくなってしまってるような気がします。もちろん義理人情というものが無くなった訳じゃございません。
ただそれが生きる為に最も守るべきものではなくなってしまった、そういう事でしょうか。

 

この物語で語られるのは、守るたい人を守ることこそ第一の義として描かれているような気がします。
主人公吉村貫一郎にとってそれは愛する妻であり子であったと。南部藩の貧乏侍であった彼ですが例え貧乏であってもその生活によって妻子を守っていくことが出来たなら、決して脱藩なんて重罪を犯さなかったんでしょうね。自分自身が生きたいからではなく一番大切な人を守る為に生きようとしたからこそ、新撰組の仲間から守銭奴として罵られようとも最後まで金銭と自らの生に執着したんでしょうね。
彼が最後に切腹してもなお死に切れなかったのも、ただ遺された妻子を案じた男の壮絶な義の生き様なんでしょう。
大野次郎右衛門もまた守るべき藩の為に無二の親友吉村貫一郎にすら切腹を命じなければならなかったのだと思います。
彼にとって藩に殉ずる事が第一の義であり、吉村貫一郎を死においやってまで義に殉じようとしたからこそ最後まで新政府軍に抵抗したのではないかと思います。

 

そんな彼らの生き様が守るべきものの無かった斉藤一や守るべきものをどんどん失っていき最後は自らの死を持って義を示さなければならなかった土方にとって吉村貫一郎の姿が眩しく写っていたのかもしれません。
そんな父を見た息子もまた父に対しての義に殉じて函館の戦いに散じます。
今の時代、自分の命を粗末にするなという言葉があります。これはまさに自明の理、もっともな事だと思いますし大切にしてもらいたいもの。

 

ただ今以上に貧富の差が激しく人生の選択の余地が無かった幕末の時代に義をもって駆け抜けた彼らの姿が間違ってるとは思いません。
彼らにとって義こそが生きることなんだと思いますから。



採点   4.2

(2006.11.13 ブログ再録)