宇山日出臣氏を偲ぶ

今月8月3日、元講談社編集者であり「新本格」生みの親ともいえる宇山日出臣氏(本名:秀雄)が亡くなった。
62歳という若さである。『ミステリーランド』シリーズの創刊を最後に講談社を定年退職され、フリーの立場となった氏のこれからの活躍が期待されていただけに残念でなりまえん。

 

綾辻行人法月綸太郎我孫子武丸といった新本格第一期と呼ばれる作家たちの発掘以降、多くの若手作家を発掘した氏の慧眼がなければ、現在のミステリ界の繁栄は無かったはずであり、現代のミステリファンは楽しみを半減される事となっていたでしょう。
元々商社勤務だった氏は、中井英夫の『虚無への供物』を読みこの偉大なるミステリの文庫化の為に編集者に転進した異色の経歴の持ち主である。
初志貫徹、氏は『虚無~』の文庫化を成し遂げただけでなく、同じように『虚無への~』に感化された多くの若い才能とともにミステリ界を歩き続ける事になった。

 

それは既成のミステリに捉われる事のない、少しでも将来性の感じられた小説はことごとく出版するという講談社の姿勢に反映されたのだと思う。
果たして、氏なくして麻耶雄嵩清涼院流水舞城王太郎西尾維新という曲者作家達がここまでミステリ界(あるいは文壇)において確固たる地位を獲得する事が出来たのだろうか?さらには彼らに影響を受けた若い作家達の登場を考えると、現代ミステリにおける彼の功績は偉大という他ない。

 

彼が送り出した作品のクオリティに関する批判も確かにあろうと思う。特にメフィスト賞出身者の中には文章力で見ると、プロというには厳しい人達も多くいたのは確かでしょう。ただそれは現在のミステリ界だけの問題ではなく、小説というものが生まれると同時に語られてきたものだろうと思うし、その時代時代において批判にさらされつつも、批判により時代にあわせて洗練されてきたのが現代文学であり、この経過を見ずして批判するのは間違いであると思う。

 

氏の最後に手がけた単行本であり、「本格ミステリとは対極にある、もっとも苦手とする男女の恋愛小説」と自らが評した『楽園の鳥カルカッタ幻想曲―』(寮美千子)は第33回泉鏡花文学賞を受賞している。これをとっても彼がミステリだけではない一流の編集者であったといっていいのではないか?

 

多くのミステリ作家に人柄を愛され、第4回本格ミステリ大賞特別賞を受賞した氏の逝去に驚かれた作家の方々も多いと思う。
そんな氏のためにも、これからのミステリ界がより一層の活発化を望み多くの素敵な作品が生まれてくる事を信じたい。

 

合掌。
 

(2006.8.9 ブログ再録)