『安徳天皇漂海記』(☆3.3) 著者:宇月原晴明

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悲劇の壇ノ浦から陰謀渦巻く鎌倉、世界帝国元、滅びゆく南宋の地へ。
海を越え、時を越えて紡がれる幻想の一大叙事詩。

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宇月原さんという名前は存じていたが、その著作の多くは名を知らずまたどういうものを書かれているか知らなかった。
ただわりと歴史小説は好きであり直木賞候補作になったこと、またこのタイトルに惹かれて手にとってみた。
ちなみに第十九回山本周五郎賞受賞作でもある。

 

物語は2部構成。
第1部は私なる語り手による、鎌倉幕府三代将軍源実朝の人物像である。異形なるはそこにかつて源氏が滅ぼした平家一族と共に壇ノ浦の海に消えた安徳天皇が登場することである。表なる3種の神器に隠されたもう一つの3種の神器のひとつ、琥珀色に輝く真床追衾に包まれて悠久の眠りについた安徳の荒ぶる魂を、実朝はいかに受け止めまた静めようとしたのか?

 

史書吾妻鏡」をはじめ、「愚管抄」、さらには「金塊和歌集」で読むことができる実朝の歌に込められたもう一つの歴史。
歴史小説というよりも、ファンタジー色の強い伝奇小説というべきかもしれない。物語の構成上、若干癖のある文章で読みにくさもあるが、歴史的事実といわれているモノの曖昧さを逆手にとった壮大な物語は心に染みる。また随所に散りばめられた実朝の句が非常に効果をあげていると思う。もともと和歌というものはその裏に多くの意味を内包しており、そこから滲み出る情感が心に染みるものだが、句に隠された実朝が安徳天皇に向けた想いに将軍として無力たる自分の立場を重ね合わせた嘆息を感じることが出来る。物語は日本歴史史上唯一の侵略戦争第2次大戦は日本本土に対する侵略戦争ではない)元寇の役の一回目に繋がり幕を閉じる。神風と呼ばれた台風の裏に隠された実朝の祖国への想い。あまりに深い自己犠牲の精神に心が揺らいでしまう。

 

第2部は一転して語り部としてあのマルコ=ポールが登場する。
モンゴル帝国皇帝フビライとマルコの蜜月ぶりは歴史的に有名だが、その関係や著書「東方見聞録」を踏まえた上で滅び行く南宋の少年皇帝と安徳天皇をシンクロさせて繰り広げる伝奇絵巻は物語をよりドラマチックに、また感動的に仕上げていると思う。
ただ2人の皇帝(天皇)をシンクロさせ物語を広げたのは小説としては効果はあったかと思うが、逆に終わらせ方を難しくしてしまった感も否めないような気がする。
安徳の世界を自ら体現しようとする南宋最後の皇帝を描くことによって、物語はより現実と空想の境界線を引かざるをえなくなってしまい、物語のラスト、安徳の安住にいたるエピソードが、美しくも消化不良気味になってしまった気がする。「東方見聞録」に登場するジパングとの絡ませ方は面白いと思っただけにやや残念かもしれない。

 

小説しては読者をどんどん引き込んでいく世界観は第1部により明確であり、そこで終わらせた方が物語の閉じ方としては理想的だったかと思ってしまった。


採点   3.3

(2006.7.25 ブログ再録)