『夏と花火と私の死体』(☆4.7) 著者:乙一

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九歳の夏休み、少女は殺された。あまりに無邪気な殺人者によって、あっけなく―。こうして、ひとつの死体をめぐる、幼い兄妹の悪夢のような四日間の冒険が始まった。次々に訪れる危機。彼らは大人たちの追及から逃れることができるのか?死体をどこへ隠せばいいのか?恐るべき子供たちを描き、斬新な語り口でホラー界を驚愕させた、早熟な才能・乙一のデビュー作、文庫化なる。第六回ジャンプ小説・ノンフィクション大賞受賞作。

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本来、小説が書かれた年齢を評価の一部にするのは間違ってるかもしれない。例え幾つで書かれようと面白いものは面白いし、つまらないものはつまらない。
それでも触れなくてはいけないだろう。

 

この小説が16歳の少年の手で書かれたとは!!

 

まずタイトルに目を通し、そしてあらすじを読む。どういうストーリーかを認識し1ページ目を開く。最初の一文、

 

九歳で、夏だった。

 

この書き出しにぞくっとする。少し読み続けるうちにタイトルすら物語の仕掛けの一部になっている事に気付き、驚愕する。
物語は一人称で進む。一人称における物語の語りべ、この存在こそがこの物語のすべてなのだ。
異質というならばあまりに異質な語りべの立ち位置。普通ならば破綻してしまいそうなこの設定を、作者は見事に作品を彩る空気の一部にしてしまっている。
物語は最後に予定調和的な反転を迎える。通常の読み手であればだれでも気付く物語の裏側、そのラストこそ物語の語りべの異質さが異様な美しさを醸し出すクライマックス。
異質なものを異質にみせず、ただ淡々と物語を紡ぎだす乙一作品の色彩はこの処女作からすでに完成されている。

 

同時収録の「優子」もまたしかり。
予定調和の物語をラストの鮮やか転換で異質な空間へ読者を導いてく。
揺らぎない作者の物語は、たとえ紡ぎだされる物語がどのようなジャンルでも、それは揺ぎ無い乙一の作品である。



採点   4.7

(2006.6.29 ブログ再録)