『朝霧』 著者:北村薫

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卒業論文を仕上げ巣立ちの時を迎えた主人公は出版社の編集者として社会人生活のスタートを切り、新たな抒情詩を奏でていく。語り手《私》と円紫師匠が登場するシリーズ第5作。
                              amazon紹介より
 

 いよいよ、私も社会人である。この4年間、《私》はいろいろな出会いを繰り返し、確実に成長してきた。その中でも、もっとも大きな出会いが円紫師匠であり、数々の謎を解明してくれました。そんな二人の関係も少しづつ変化の兆しが。いままで、提示された謎に対する答えにどちらかというと受け身的なヒロインが、この作品では少しづつ自分の力で立ち向かおうとしています。
 そんな《私》の姿に、彼女を4年間見続けてきた読者はまた新しい発見をするのではないでしょうか。

「山眠る」

 これは素晴らしい短編だと思います。卒業論文も無事提出し、あとわずかになった大学生活。この4年間に数々の出会いを経験し、そして別れと直面した《私》。円紫さんとの出会いをつくってくれた加茂先生も、《私》と同時に大学を去り、また正ちゃんや江美ちゃんとも離れ離れになります。
 過去を振り返り懐かしく思うと同時に、未来へと進む事の希望や残酷さを少しづつ感じ始める、《私》。過去と未来を繋ぐという意味で、これ以上のベストはないのではないでしょうか。

「走り来るもの」

 起承転結の結を示さず結末を読者に委ねる、いわゆるリドル・ストーリーの代表作『女か虎か』をモチーフに、人間性の不可避を冷酷に見つめる1篇。想像だに出来なかった回答にぶつかった《私》が、物語から目を逸らさず、真摯に向かい合おうとする姿に、確実に彼女の成長を感じ取れる1篇。
 また、残酷の物語の後に救いを拝するあたりも、北村作品らしくて心地よいです。

 

「朝霧」

『六の宮の姫君』で張られた伏線が、この作品に生きてくるという、北村節なこの作品。
祖父の残した日記に記された暗号の謎を解明すると同時に、《私》の人生に大きな転換期が訪れるのを予感させる1篇。


 次回作では、遂に《私》の恋愛を見つめる事になるのでしょうか。お父さんは複雑です。